上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
tare.gif 【タレソカ学園高校/06.】







ハンカチで目元を覆った彼女が、僕らが来た道を駆けて行ってすぐのこと。



「…そこにいんの、誰だ?」

……!!
驚きすぎてビクッと体が震える。

まさか、盗み聞きしてたの、バレてた…?

今ユノと顔を合わせるなんて無理無理無理。
顔の筋肉が硬直していて愛想笑いすらできない状態なのに。

どうかバレていませんように。
なんだ、ウサギさんか。みたいなオチになりますように。

限りなく気配を消して木と同化していたのに、それもむなしく…
サクサクと地面を踏みしめる足音がどんどん近くなるから
脳をフル回転させて、盗み聞きしていた言い訳を必死に考える。

だめだ。
絶妙な言い訳なんて出てこない。
そもそも考えるには、状況が悪すぎる。


つまり、何の覚悟もできていないのに、
目の前にユノが現れた。


今朝と変わらないキラキラした笑顔を浮かべて。



「ん?チャンミンじゃん。…なんでそんなとこいんだ?」


      え?

責めている口調ではない。
焦っている口調でもない。

告白された現場を見られた気まずさとか後ろめたさとか、
そんなものは一切ない。
いたなら声かけてくれればいいじゃん、っていう、そんなノリ。








    平気なんですか」

そんな心の声が、思わず口をついて出ていた。

「……ん?」

自分でも何言ってんだろうって思うんだから、ユノはなおさらだろう。
首を傾げて僕を見ている。


それでもなお、飛び出しそうになる言葉。

「なんで……」

告白される現場を見られて、何事もなかったかのような顔をしているんですか。
僕に見られても別に構わない?勘違いされても気にならない相手ということ?


それを必死に飲み込んで、

「…、なんで…でしょうね」

それだけを口にする。


「どうした?大丈夫?」

ユノが僕の顔を覗き込んでくる。
後輩の面倒見が良くて、気遣いまでできる優しい先輩の顔。


そんなのいらない。

「…やめてください」
その他大勢の一人にかけるのと同じ言葉なんて、掛けられたくもなかった。

「何をやめろ?」
「それです」
「でも…」
「だから、やめてください!」
「………お前さ」

ユノの呆れたようなため息が、胸に刺さる。
「そういう態度はどうかと思うよ」


分かっている。
僕が勝手に傷ついているだけってことくらい!
けど、


「ユノヒョンこそどうかと思いますっ」


反射的に言い返していた。
さっきまで我慢できたのに…今は言葉が溢れてくる。


「後輩と…しかも高校生の女の子と抱き合うなんて、問題だと思います。
 未成年ですよ。倫理的にもどうかしてます。
 しかも副会長と付き合ってるなんて…誰とも付き合わないって言ったのに……」


僕の頭の中ではユノも高校生だという意識は完全に飛んでいたし、
目の前にいるユノと現実のユノさえもごっちゃになっていることにも気づかない。
ただ、言わずにはいられなかった。


「それに、ユノヒョンは僕の  
「待て、とりあえずちょっと待て。わかったから」


何が分かったのだろう。
僕がどんな気持ちでいるかなんて、…今のユノになんか、わかるわけない!



「あのさ、抱き合うって」

ユノは両手をひらひらと顔の前で振った。

「…思い出せよ。この手はどこにあった?」

どこ?どこにあった?

「なんでそんなこと…」
「いいから、答えろよ」


思い出したくなんかないのに、すぐに映像が浮かんできた。
彼女がユノに抱きついたとき、その手は……


「…した。下にありました」


ユノは彼女を抱きしめてはいなかった。


「分かってんじゃん。で、…俺が付き合ってるって言った?」


ユノがはっきり口にしたかと聞かれれば


「…言ってません」


そう、なにも答えはしなかった。


「だろ? だからお前に非難される覚えはない。
 頭冷やしてから生徒会に顔出せ。役員には言っとく」 


ユノはフイと目を反らせて、
まるでもう僕なんか見えていないみたいに、横を通り過ぎてゆく。


僕は振り返った。
今なら伸ばせば手が届くのに…
まるで透明なガラスに仕切られているみたいで。

触れられない。
声も届かない。
目に映るだけ。

ユノの背中は、どんどん小さくなる。
遠くなる。





……そして、見えなくなった。









***



どのくらいそうしていただろうか。


痛みを思い出して、視線を落とす。
爪が掌に食い込んでいた。
ゆっくり開くと、赤い跡が残っていて…白くなった指先は微かに震えている。




僕はまだどこかで期待していたみたいだ。
ユノが振り返って、おいでって手招きしてくれるんじゃないかって…


バカみたい。




……もっときつく、拳を握った。















続く

»Read more...

スポンサーサイト
tare.gif 【タレソカ学園高校/07.】






あれから僕は、結局生徒会室に顔を出さなかった。



じゃぁ、何をしていたのかというと、
長く居座ってみれば案外居心地のいい東屋のベンチに寝転がって、
ひたすら目を閉じていただけ。


…いや、“だけ”というのは正しくない。
なんとかして眠ろうとしていた。


頬をつねってみても覚めなかったこの夢。
けれど、次に目が覚めた時には、いつものように隣でユノが眠っているかもしれない。

そう思ったから…。
でも、



「……、クソっ…」



一向にまどろみの時間は訪れない。
オレンジ色に変わった空はとても綺麗なのに、僕の心には真っ黒な闇がじわじわ広がっていくようで
苛立ちだけが募っていた。




所詮、夢の世界。
ユノと、顔見知り程度でも別にいい。
ユノが、他の誰かのものでも構わない。
ユノが、僕の傍にいてくれなくても大丈夫。

そう思いたいのに、なんで出来ないんだろう。

自分自身に問いかけていた。













そのとき、


カツン。
靴音が鳴る。



「優等生君がこんなところで、なぁ~にしてんの?」



頭上から降ってきた、聞き覚えのない声。

目だけを向けると、胸元にぶら下がったクロスのネックレスに焦点が合った。
催眠術で使う振り子みたいに、ぶらーんぶらーんと揺れている。
もしかして僕をまどろみへと誘う為にやってきた救世主……なわけないか。

ネックレスから視線を外してさらに上へ向けると、
特にこれといって特筆すべき特徴のない顔立ちをした少年が僕を見下ろしていた。



「寝てるように見えない?」



友人といった気安さではなくて、完全に見下しているような雰囲気だったから
心がブラックに侵食されている最中である僕の声が尖ってしまうのも仕方がないだろう。



「…あー…、俺、頭悪いからわかんなかったわぁ」


さっきよりも幾分低い声。明らかな棘が生まれた。
喧嘩を売ったつもりはないのだけれど…
そこに、

「なになに、どーしたの?」

他にも声が加わる。
一人ではなかったようだ。カツン、カツン、カツン、カツン…僕を見下ろす顔が5人に増えた。
ぐるっと囲まれて、そこで初めて気づく。
彼らの制服の淵は赤。つまり2年。ここでは僕の先輩なのだ。


「おっ、話題の総代君じゃん」
「ほんとだぁ」
「なんでこんなとこいんの?」
「昼寝してんだと」
「あっれ~俺らに許可なく使っちゃだめでしょ~」
「使用料どうしよっかぁ」
「カンニングの方法教えてもらうとか?」
「ふはは。それ聞きてーっ」
「あ、そうだっ!特別サービスで逆に俺らが教えてやろーか」
「先輩への礼儀ってやつ?」
「そうそう」
「お前、超頭イイー」


彼らの会話の半分も理解できてはいなかったけれど、
かろうじて学園ドラマでよくある「絡まれる」を体験しているらしいことは分かった。

ユノがオーディションを受けに来たときに絡まれたという話を聞いて
怖いことがあるんだな~くらいにしか思っていなかったのだけれど、
まさか、こんなところで初体験する羽目になろうとは。


でも、僕は大人で彼らは高校生。
高校時代なら間違いなく焦るだろうけれど、今の僕が高校生ごときに絡まれたところでビビるわけもなく、
話でしか聞いたことのなかった状況が思わぬところから生まれて、興味すらあった。

とはいえ、彼らに付き合うつもりはまったくない。
ちょっと僕からふっかけた感はあるんだけど…


「すぐ帰るんで」


気だるい体をさっと起こして立ち上がる。
すると、口々に好きなことを話していた全員の口が止まって
まるでテレパシーで意思疎通しているかのように顔を見合わせた。

なんだか雲行きが怪しい…。

こんな面倒に巻き込まれるなんて今日は踏んだりけったりだ。
さっさと退散してしまおう。
そう思って円陣の間から抜け出そうとしたけれど、その際に少しだけ肩がぶつかった。


「痛っ!!」


大げさなリアクションと共に肩を押さえてふらつく一人の男子生徒。

僕は呆れて声も出なかった。
…どんだけベタな展開!?
こんなくだらない小芝居のために目配せし合っていたのだろうか。

クロスのネックレスをつけた彼…クロス君と呼ぼう。
クロス君は肩を押さえている生徒の手の甲に手のひらを重ねて、労わるように撫でる。
それから可愛らしく小首を傾げて、僕に向かって勝ち誇ったように笑んだ。



「あ~ぁ。こーゆうときはどうするんだけ? 頭のいいボクなら分かるよね?」



ニヤニヤと笑う5つの顔。
つまりなんだ、謝れということか。

「すいませんでした」

悩むまでもなく即、謝罪を口にする。
けれどクロス君は

「セイイってヤツが足りねーよ」

尊大な口調でそう言うと僕の肩を拳で強く押して、彼らの囲う輪の中心に押しやった。

「こいつの肩が治るまで、カバン持ちやれよ。ついでに俺らの分も持つよな?」

その言葉を合図に、全員が持っていたカバンを僕に向かって投げる。
バサバサバサ…体に当たったカバンは、アニメみたいな音を立てて、足下に落ちた。


「こんな軟弱そうなヤツに全部持てんのかねぇ」
「逆に鍛えられていいんじゃね?」
「そうそう、感謝されてもいいくらいだって」
「でも一応総代じゃん。ユンホ先輩に告げ口されたらどうする?」
「大丈夫、大丈夫。こんなの相手にするわけないって」
「それもそ~だな」
「あ!いいこと思いついた!!」
「なになに?」
「ユンホ先輩のためにも、俺らでコイツ、立派なパシリに躾けてやればいいんじゃね?」
「っはは。立派なパシリってなんだよ」
「呼び出されたら5分以内で来るとか、許可したときだけしか口開かないとか?」
「理想のパシリじゃ~ん」


それぞれが、僕とユノをネタに楽しそうに笑っている。
普段ならこの程度、心の乱れすらなく平常心で聞き流せるのに


    相手にするわけない、か…。


今ばかりは彼らの言葉が、ひどく気に障った。
じわじわ侵食されていた心が、一気にブラックに染められる。





「……後輩イビリなんてダサいことしてんなよ」





ため息と共に感情を吐き出した瞬間、凄い勢いで胸倉を掴まれた。


「はぁ、お前今なんつった?」

クロス君が目を三角にして僕を睨みつける。

「頭だけじゃなくて耳も悪いんですね。…それに顔も…うーん、残念」

これでもかという笑顔を顔に貼り付けておく。

彼らに付き合うつもりはないと言っておきながら僕は、この状況を回避しようなどとは、もう考えていなかった。
むしろ喧嘩する気満々だったと言ってもいい。
この黒い気持ちを消し去るのにちょうどいい憂さ晴らしが目の前にある、そんな程度の感覚。

「テメェ、殴られたいのか!?」
「一発だけ貰ってあげますよ。遠慮なくどうぞ?」
「…っ!」

顔を赤くしたクロス君が大きく腕を振りかぶる様を、僕はただ見ていた。
とりあえず衝撃に備えて、目をつむって歯を食いしばっておいたほうがいいのだろうか。

そんなことを考えていたら、





「そこまでだ」




凛とした声が割り込んだ。
目の前にはクロス君の腕を掴んだユノがいて    



僕は、喧嘩寸前の状況を作った自分の行動を、この一瞬で死ぬほど後悔していた。










続く


»Read more...

tare.gif 【タレソカ学園高校/08.】






なんの前触れもなく、いきなり現れたユノ。
全員の動きが氷の彫刻みたいにそのままの形で固まっていた。


“なんで、この人がここに…?”


全員がそう思ったに間違いない。
そんな状況で最初に口を開いたのはユノ、そして我に返ったクロス君と僕。3人同時だった。




「お前ら…」
「センパ…」
「アンタ、何やってるんですかっ!?」



声が重なる。
けれど、森の中に響いたのは僕の声だけ。
ユノもクロス君も、驚いたようにぽかんと口を開けてこっちを見ていた。

その間に大股でクロス君の横をすり抜ける。
肩がぶつかったけれどそんなことは気にもならない。
ユノの腕を掴んで彼らから距離をとり、ユノへの視線は僕の体で遮った。



「ちょっと、チャンミン?」

戸惑う声。



心のどこかで〝もしかして″なんて期待していたくせに。
僕がいつまでたっても生徒会に顔を出さないと、面倒見のいいユノのことだ。
心配して戻ってきてくれるかもって。
なのに、それをすっかり忘れて、喧嘩の真似事を始めてしまうなんて…


「なんのつもりですか」
「なんのって…」
「あんなとこに出てくるなんて、ほんっと、もー信じられません」
「…いや、お前、殴られそうだったから…」
「殴られるつもりだったんです」
「はぁ?何でだよ」

ユノは意味が分からないといった様子で首を傾げた。


別に大切だったわけじゃないけれど、僕につけられた総代っていう肩書きは忘れていない。
その僕が殴る蹴るの喧嘩なんかしたら、確実に生徒会に迷惑がかかる。
つまりユノに迷惑をかけるということだ。
それを最小限にするために、先に殴られる必要があった。あくまで被害者でいなければならなかった。
でも、そんなことはユノがここにいる時点で、もう何の意味もない。
だから、

「ヒョンには関係ありません。余計なお世話です」

きっぱりと言い切った。

僕とクロス君の仲裁に入ってくれようとしたユノの好意を真っ向から否定したのだから
不快な感情を持たれても仕方がない。
案の定、形の良い眉がひそめられたけれど、そんなことはどうでもよかった。
それ以上に腹が立っていたから。
ユノの行動にも、自分の浅はかさにも。


「お前、そんな態度とってるから絡まれんだろ?」
「そうですね。でも僕は今、アナタに怒ってるんです」
「…俺?なんで?」
「正義感かざすのもいいですけど、殴られたらどうするんですか」
「………は?」

自分にそんなことが起こるわけないとでも思っているのか、まったくピンときていない顔をする。

「は、じゃないですよ。殴られるならまだしも、刃物とか持ってたら?」
「いやいや…」
「考えすぎだなんて頭の悪いこと言うのはやめてください」
「けどな」
「僕のことはどうでもいいんです。自分第一で行動してください」
「でも」
「でもじゃないです。それに、人を呼ぶとかあるでしょう?ヒョンが助けに入る以外の選択をすべきです」
「俺、」
「いいえ、だめです。生徒会長なんていう肩書きではどうにもならないこともあるんです」
「けど」
「だめです。格闘技や護身術に自信があってもダメなものはダメです」
「チャンミ…」
「さっきのヒョンの行動は100%間違いです」
「……」
「わかりましたか?」


最後に指を突きつけて念を押しておく。
そしたらユノは笑いを堪えるように下唇を噛んで、なんともいえない顔をした。


「……真面目に言ってるんですけど」
「わかってる、わかってるって」
「絶対、分かってないでしょ!」
「……チャンミン、お前さ…」
「なんですか」
「エスパー?」
「…は?」
「いや、俺の考えてること、何でも分かってるみたいだから」
「2割くらいはまったく理解できませんけどね」


僕がそう言って肩をすくめると、ユノはおもむろに僕の肩に腕をかける。
そして、そこに顔を隠すように埋め、肩を震わせた。


「……笑ってるの、バレてないとでも?」


本当に…本気で危ないことに首を突っ込んでほしくないと思っているのに!
まったく取り合ってくれない様子に、めちゃくちゃ腹が立った。


「…もういいです」
「怒るなって」
「怒らせたのはユノヒョンですけど」
「そうだな、ごめん。お前の言いたことはわかったから」
「……ほんとですか?」
「ああ。俺のこと心配してんだろ?」


そう言って顔を上げたユノがあまりに近くて…そしてあまりに優しくて甘い顔をしていたから…
不謹慎にもドキリとしてしまう。
腹を立てていたはずなのに。
傷ついていたはずなのに。
その気持ちが小さくしぼんでゆく。


「…、えっと、それはそうですけど、そうゆう事じゃなくて…」

今度はユノが僕を遮った。

「わかってる。でもここは俺に任せとけよ。な?」


僕が黙ったことを了解ととったのだろう。
僕の体をくるりと回してクロス君達に向き直らせると、肩にガシッと腕を回して5人をぐるりと見渡した。
そして、僕の方に自分の頭を傾ける。頬にユノの柔らかな毛先が、触れた。

 

「お前ら、チャンミンに用事あるんだっけ?」



突然の展開で完全に置いてけぼりにされていた5人だったけれど、
ビクリと肩を揺らして、全員が一様に明らかな動揺と共に視線を散らせる。

今ユノがどんな顔をしているのか…想像がついた。
普段から穏やかな雰囲気を纏っている人だから…正直、そのベールがなくなるとめちゃめちゃコワい。

…今の5人の気持ちが手に取るように分かってしまう僕だった…

学園内でクロス君とすれ違うことがあっても、絡まれることはないだろう。
断言できる。


同時にユノの影響力も認識した。
ちょっと見くびっていたかもしれない。
クロス君達にとってのユノは、憧れの先輩で生徒会長で、閉鎖された学園の中では絶対の存在なのだ。
喧嘩を売ろうなんて考えすら、浮かばないに違いない。

僕に向けていた敵意を完全に封印したクロス君たちは、風の如き速さでカバンを回収して、いなくなった。






「な、大丈夫だったろ?」

彼らの後姿を見送ったユノは、僕の顔を覗き込んで悪戯っぽくパチンと片目をつむる。

「はい。ありがとうございます…」

素直にお礼を口にした。
ユノは急にしおらしくなった僕の態度が意外だったのか一瞬目を大きく見開く。
でもすぐに、顔をくしゃっと崩して、いい子いい子するみたいに僕の頭を撫でた。





      ユノだ。
      僕の好きなユノがいる。





いつの間にか僕を侵食していた闇は消えていて、
僕の心は、頭上に広がる空と同じ、淡くて綺麗で穏やかな色に染まっていた。










続く



»Read more...

「チャンミン、座ってみてくれる?」

今リビングは、ユノによって若干の模様替えがなされていた。
ソファーの前にあったテーブルは隅に追いやられ、代わりに大きめの姿見と三脚に固定されたデジタルカメラが置かれている。

「この辺でいいですか?」

ソファーの中央よりちょっと左側に腰掛けると、ユノはライブビューの画面を見ながら「うん」と頷いた。
すぐにピピっという電子音が鳴る。
もう動画撮影はスタートしているようだ。

「じゃぁ、これからやってみようか」

ユノは僕の隣に腰掛けると、手に持っていた一枚の紙を目の前に掲げる。
今日事務所でもらってきたばかりの絵コンテだ。

「………はい」

僕は目線を下に落とした。
膝同士がぶつかる距離にあるのはユノの脚。
いつもより短めのハーフパンツからは、贅肉のついてない、しなやかな腿が露わになっている。


僕は中指と人差し指を立ててピースの形を作った。
それを逆さまにしてユノの腿の上に置くと、


とてとてとて…


歩かせてみた。












ゆのみん企画/第51回 指でなぞる 01.】












なんでこんなことをしているのかというと、遡ること数時間前。



     というコンセプトでミュージックビデオを撮影しますので、
 よろしくお願いします。それで今回は、  

しゃべり続けるスタッフとは反対に、僕といえば配られた絵コンテを見て言葉を失っていた。
何にって、ユノと女性モデルが絡むシーン…これの多さにだ。
もちろん、仕事中にまで“このヒトはボクノモノ”だなんて主張するつもりはないけれど…

当の本人はどう思っているのかと横目で盗み見れば、
「恥ずかしいですね」なんて両手で頬を押さえながら言っていた。

スイッチ入ったら、さらっとやってしまうくせに。



    でしょう?…チャンミンさん?」

名前を呼ばれてトリップしていた思考が戻ってくる。
慌てて「なんでしたっけ?」と聞き返した。

「今回は女性に囲まれて撮影するシーンが多いから楽しみでしょう?」

スタッフにそんなことを言われて、絵コンテに目を戻す。
ユノのシーンばかり見ていたけれど、自分のシーンもユノに引けを取らず女性モデルとの絡みがたくさんあった。

「いいですねぇ。10年間の活動の中で一番楽しい撮影になると……」

ペラペラとめくっていたら、ひとつのコマに引っかかりを感じて
ページを戻す。


えっと…これは…女性の足?
指は…まさか僕の指?


そこから引っ張られた線の先に“リズムに合わせて腿の上を指でなぞる”と書かれていた。
……一体どんなシチュエーションで、こんな思わせぶりでいやらしいことをするんだ…?
嬉々として女性の腿を指でなぞる自分を想像してはみたけれど、赤ちゃんの脚で指散歩する姿しか浮かんでこなかった。

引きつりそうな笑顔をなんとか保ちながら「…思います」と締めくくった僕の隣で
ユノは今にも吹き出しそうな顔をしていた。














「チャンミン…」

呆れたような、残念そうな、そんな声にはっとして顔を上げる。
困ったように眉を下げたユノが僕を見ていた。


「…あのさ、お前が演じんのはどんな男?」


そう聞かれて、腿の上に置きっぱなしの指とユノの顔を交互に見比べながらコンセプトを思い出す。

「ナルシストでセクシー。ユーモラスな表情も垣間見せる可愛い男です」
「分かってんじゃん。で、その仕草で何がしたいの?」
「………誘惑です」
「だろ?今のじゃ、なんてゆうか…余裕がないってゆうか、可愛いけど色気もないんだよなぁ」
「でも、女性を誘惑するなんて…」

経験ないですし。
胸の中だけでこっそり呟いた。


ユノもそうだと思うけれど、誘惑されることはあってもする事なんてなかった。
もちろん女性が嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。
それでも熱心になれないのは、背負っているものの大きさを理解しているからか。
無意識のうちにユノと比較しているからなのか。

こんなことで悩むのなら、もっと経験を積んでおけばよかった。
どうしようもないことで少し後悔していると、慰めるようにぽんぽんと頭に手を置かれた。


「…まぁ、正直安心したけどな」
「安心?」
「こっちの話。とりあえず俺がやって見せるから」
「えっ、ヒョンが」

実演?
指でなぞる、を?


女性を誘惑するユノの確信的犯行を見てみたいような見てみたくないような…
そんな複雑な心境だったのに
もう既に、さっきまでの兄さん然りとしたユノはいなかった。

僕の目の前にいるのは、今まで見てきた誰よりも自信に満ち溢れた印象を与える男。
何かを企んでいそうな瞳は、おもちゃを品定めするみたいにじっくり僕を眺めている。



なんだろう。なんでだろう。
ユノの視線に晒されると恥ずかしくなってしまうのは。



居心地の悪さにもぞもぞしていたら、僕の肩に腕が回ってきて
ユノから遠い方のほっぺをツンツンとつつかれた。



「チャンミン……鏡、見ろよ」



笑いを含んだ声に促されてその存在を思い出す。
ユノの実演は僕に見せるためなのだ。恥ずかしがっている場合ではない。

そう思って目を向けると、
鏡の中には作りかけの彫刻みたいな僕と、既に完成されたユノがいた。
僕の肩から垂れている手から指先までのラインとか、足を組んだときの見え方とか、積極さの程度を示す体の向きとか、
全てが完璧なディテールを保っている。
鏡の方を向いていないユノには、どう映っているかなんて分からないはずなのに…



それにしても、“視認”って恐ろしい…。
さっきまで意識していなかったのに、体にかかるユノの重みとか、体温とか、感触とか
感覚のベクトルがすべてもっていかれる。

そして僕の視線を釘付けにしているのが、今にも首筋に触れそうな唇だった。


……でも、触れない。


息遣いだけが、敏感になった肌を撫でる。
ドクドクと恐ろしい程に早くなる鼓動。
大きくなっていく心音。



聞こえているのだろうか。片方の口角を持ち上げて薄っすらと笑んだユノの目線が
生身の僕から鏡の中の僕へとゆっくり移動してきて、瞳の中に僕を捉えた。





少しだけ首を傾けるユノ。

“欲しい?”と聞かれているような気がして

何だか渇きを覚えた。





欲しい。
…でも、何を?
僕は何が欲しいの?

混沌としてくる頭。
コクコクと首を縦に振っていた。





すると、片手が腿の上に置かれる。
そこからじんわりと体温が伝わってきた。

でもそれは、体に浸透する前に離れていく。

ゆっくり、ゆっくり。

最後に残ったのは、指先だけ。
ピアニストが鍵盤を叩くときのような優雅さと、明らかな目的を持って




僕の体の        中心に向かって歩き始めた。




ぞわりと鳥肌が立つ。
今すぐにでもその指を握って止めてしまいたい…!


そんな衝動に駆られているというのに、頭ではない体の一部が、これから起こる次の段階を期待していて…
思わず僕は、膝をすり合わせてしまいそうになった。












続く



»Read more...

ゆのみん企画/第51回 指でなぞる 02.】








ハーフパンツの裾にぶつかって止まった指。

「……どう?」

ユノの問いかけに、鏡の中から生身のユノに目を戻した。
さっきまでの面影は、もうない。

「イメージできた?」

もう一度問われて、やっと正常な思考が戻ってくる。
同時に、鏡の中の出来事が頭の中を駆け巡って…



あれはただの実演。
相手は僕じゃなくても、ユノには同じ事ができるんだ。



羞恥心とざわめきが噴出する。

「ああやって、女性を誘惑してきたんですか」

思わず口からそんな台詞が飛び出していた。
1秒もたたないうちに後悔する。
けれどユノはいつもの調子で


「お前を誘惑してたんだけど?」


そう言った。
僕の質問にはまったく答えない方向で。










でも、

「………あー…そっか」

突然閃く。










「そっか?」

僕の頭上に光った豆電球が見えていたらしく、ちょっと首を傾げて不思議そうな顔をするユノ。


「取り組み方を間違えていました」
「取り組み方?」

灯台下暗し。
秘事は睫。
目から鱗が落ちる。
詮索物、目の前にあり。

まさしくそんな感じ。

「ええ、そもそも論てやつです」
「そもそも論?」
「あのですね…」
「あのですね?」
「ちょっと、ヒョン…さっきから…そのオウム返しやめてくれます?」
「オウム返し?…ああ、ごめん」


指摘されて初めて気付いたのか、目をぱちくりさせたあと笑いながら、僕に続きを促す。


「…で、そもそも論てなんだよ」
「問題の起源に遡って考えることですよ」
「問題の起源?」
「そうです。目の前に最適なのがいるんですから」
「最適なの?」
「…………わざとですか」
「ああ!ごめん」


やっと繰り返していることに気付いてくれたようだ。
今度は両手の人差し指で「×」を作って口元に当てると、すいませんとばかりにペコりと頭を下げた。

何でも許してしまう無駄に可愛い行動。苦笑するしかない。


「…もう見てくれればいいです」


おもむろにユノに腕を回した。
美しく刈り上げられたうなじを撫でると、ユノの目線が一瞬そっちに流れる。
僕が言葉での説明を諦め、行動で示そうとしていることを察したようで、鏡のほうに目を向けた。




「ヒョン、お顔はそっちじゃないですよ?」

反対の手をシャープな顎に添えると、こちらを向くように促す。
唇同士が触れそうな危うい距離。
でも、僕からはキスしない。
求められる男だから…甘えるように上目でユノの瞳を覗き込んだ。




そもそも、女性の腿を指でなぞる自分をイメージする必要なんてなかった。

僕にはユノがいるんだから。
最初からそう思えばよかったのだ。




手の甲でするりと頬を撫でると、そのまま首筋、肩、胸、腹…と指先で下る。
腿に着いたところで、中指と人差し指を立てた。


これ、本日二回目。


だけど今回は、一歩一歩、指の跡を残すように、腿の上を歩く。
感じる肌の弾力とか、
指の行方を追うユノの視線とか、
僕に向けられた感情とか、

そういうのを楽しみながら、

体の内側へじゃない。体の外側に向かって僕は進む。




「ヒョン…」

“このままじゃ行っちゃうよ? 僕を引きとめたい?”


とでもいうように         













「チャンミン」

名前を呼ばれて、反射的に顔を上げると、

しっとり。
そんな表現が合うようなキスを唇にもらった。
そして、


「合格だ」


ユノはくしゃくしゃと僕の頭を撫でる。
でも、言葉とは裏腹にどこか複雑そうな顔。
その理由は僕もそうだからか…なんとなくわかってしまった。


「伝わりませんでした?」
「何が?」
「ヒョンを女性の代わりにしてたわけじゃないですよ」
「………。」


感情が漏れているとは思っていなかったのか、ユノは何と答えるべきが迷うように口を閉ざす。

練習しようと言い出したのはユノだけど、
自分を通り越して別のヒトを見ている…そんな不快感があったのだろう。
感情コントロールに長けているユノから垣間見えた…そのことが僕の頬を緩ませた。


「なんだよ…やけにご機嫌だな」
「おかげさまで」


にやけている僕を奇妙そうに見ているユノの頬に指先から触れて、それから手のひらで包み込む。
ただし、今度は勝手にスタスタどっか行ったりない、良い子な手。

ユノにはこの手の意味するところが分かっているだろう。
案の定、


「そんな練習、するイミないだろ?」


そう返されたけれど、声はすごく優しかった。


「いいえ、まだまだ足りません。イメージ不足ですから」
「十分だと思うけどな」
「それに完璧主義なので」
「いやもう完璧だから。それより俺の練習に付き合えよ」
「お断りします」
「……!」
「嘘ですよ。付き合いますけど、僕のが先です」
「お前が先?」
「そうです。まだ不安なシーンが残ってますから」
「不安なシーン?」
「…………ヒョン」
「ヒョン?」


そう繰り返したユノはトボケた顔をする。
オウム返しという、新しい技を覚えたらしい。
これは僕の興を削ぐという効果を持っていた。


じゃぁ…僕はユノの弱点を突くとしょう。
なんだかんだ言って、ユノは甘えられるのが好きらしいから。
ただこの技は、僕のヒットポイントを減らしてしまうという弊害がある。


それでも。
少しだけ瞼を伏せて、コツンと額をぶつけた。
頭をぐりぐりさせてから恥ずかしさを我慢して、ユノの瞳を見つめる。
それから、頬に添えた手の親指で唇に触れ…




「…シていいって、言ってください」


お願いしてみた。










良く考えたらものすごくくだらないやりとりなので、
この後のことは割愛する。


だけど………

…存在感を消すという技を身に付けたデジタルカメラに、一部始終を見られていた。





そして数時間後、僕は今世紀最大レベルのダメージを受けるのだった。









end..



»Read more...

 | Home | 

プロフィール

YUKA

Author:YUKA
ある日突然、ユノに恋をしました。
気付けば、チャンミンに構って欲しいユノと、ユノの側にいてくれるチャンミンの図に、萌えまくっていました。腐り具合は、きっとこれから進行してゆくのでしょう。

東方神起ありがとう!

「東方神起 RISE AS GOD」
「東方神起 LIVE TOUR 2015 WITH」




素敵な画像をお借りしました。
ありがとうございます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。