最近、ユノはちょっと変わったように思う。


といっても、
愚痴をこぼすわけじゃない。
不安を吐露するわけじゃない。

ましてや、なぐさめてと主張するわけでもない。



ただただ、何をするわけでもなく、僕のそばで過ごすんだ。











     【僕らの、/07-1.】











「ただいま」

0時をとっくに過ぎているから、小さく呟く。

韓国でのプロモーションが始まってから、家に帰れればいいほう、そんな生活が続いていた。
ホテルでもいいのだけれど、わざわざ家に帰ってくるのは、二人っきりの空間が恋しくなるから。
それだけの理由だ。

玄関には、脱ぎっぱなしにされた靴。
相変わらず、揃えるという作業をしない。
仕事ではあんなにきっちりしているというのに…
自分の靴と併せて並べる。
それからリビングへと急いだ。


ドアを開ける。


ゲームらしきBGMが聞こえると同時に、ソファーからはみ出している長い脚が目に入った。



…いた。



自然と頬が緩む。
一人きりの現場で頻発している、最近の自覚症状だ。

場所がどこであれ、しんどい時はユノの顔を思い浮かべる。
ユノも頑張っているんだから、僕も頑張ろうと思えるから。
けれど、意識の上にユノがぴょこんと登場したとん、顔が…とりあえずそうなる。
スタッフに「何かいいことありました?」って聞かれること、数知れず。

一人でにやけている姿なんて、客観的に見たら相当イタい気がするので
口元を手で塞いで俯くことにした。

そしたら今度は「ご気分悪いですか?」と心配される始末。

じゃぁ、どうすればいいのか。
考えに考えぬいた結果、隠すのをやめた。

頬が緩むのを我慢するからニヤけた顔になるのだ。
だったら心のまま思いっきりスマイルを振りまけばいい。
一応アイドルなんだから、可笑しくはないはずだ。


そうして、問題は解決した。








「ヒョン、帰り…」

ました、という言葉はのみ込んだ。
寝ているのが分かったからだ。

ソファーに近づいてみれば、手にはプレイ中のゲーム機。
指先にかろうじて引っかかっている程度。
落ちたら派手な音を立てそうだったから、そうっと手から取り上げた。


ゲーム機を閉じようと思ったら、キャプションが目に入る。

チャンミンの攻撃。

どうやらボスらしきモンスターとの戦いの最中。
こんな緊迫した画面とBGMでよく寝落ちたものだ。

呆れてユノを見やるが、すぐ画面に目を戻す。


勇者なるキャラクターの名前が『チャンミン』。
ほかのキャラクターは、
戦士『ユンホ』
僧侶『チャンミナ』
僧侶『チャンドラ』



「……。」

パーティーは打撃派。
そして僕の名前がつけられたキャラクターが3人もいるあたり、ネーミングが適当すぎる。
急に笑いが込み上がってきて、我慢できずにぷっと吹き出してしまった。

予想以上に大きく響く。
しまった!と思ったらギシっとソファーの軋む音がした。


「すみません、起こしちゃいましたね」

「チャンミナ…?おかえり」
「あ、はい、ただいま」


ユノはむっくり起き上がると、ソファーを占領していた足をのけて、スペースを作る。
それから僕を見上げた。

ユノの頬は、うつぶせていたせいで赤くなっている。
子どもみたいだ。
なんで僕が笑っているのか分かっていないユノは、よだれだと思ったのか
口元をごしごしとぬぐう。
それから、どう?とでもいうように再び僕を見上げた。

「違いますよ。ほっぺです。赤くなってますよ」
「ん?」

隣に腰を下ろすと手を伸ばして指先だけで触れる。
そのとき、

「あっ!」

ユノが急に声を上げた。
僕はビクっとして指をひっこめる。

触れられたことが嫌だったのかという考えが過ぎったが、違ったようだ。
ユノは僕の手からゲーム機を奪っていった。

そして、パタンと閉じる。

「ボス戦でしたよね。いいんですか?」
「…いい」

ユノは反射的に奪ってしまったのであろうゲーム機を手の中でもてあましていたが
ソファーとクッションの間に置いた。

行動に違和感。何だろう。
ゲームを見られたくなかった?


表情から探ろうとしている視線に気付いてか
顔を見られないように、僕を背もたれ代わりにして座りなおした。


もしかして、キャラクターの名前?

そうだとしたら、
単に考えるのが面倒だったという理由ではないのだろう。

ということは、勇者、僧侶が僕の名前であることに意味があるとか。


…そこで、思い浮かぶ。


最強の名を欲しいままにする、頼れる勇者はチャンミンで、
力のみを武器に、真っ向から戦う戦士はユノで、
パーティのスキルを高め、補い、癒すのがチャンミナとチャンドラ。

つまり、ユノにとっての僕が、そういうことなのだろうか…
けれど、

「…いや、うますぎるな」

そんな都合のいい解釈はないと、浮かんだ考えを打ち消す。
きっと、単に名前を考えるのが面倒だっただけだ。
大雑把なユノだもの。

僕の独り言に不思議そうな顔をしたユノがチラリと振り返るが
何でもありませんと手をふる。
ユノはつっこむでもなく、元の体勢に戻った。





しばらく静かな時間が流れる。

別に会話がなくても構わない。

ただただ体温の伝わる距離にいる。

こんな時間が、僕にも、きっとユノにも、必要なんだ。








続く


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ユノにとっての僕。

それは、僕が思っていたよりちょっと、

特別な存在なのかもしれない。











     【僕らの、/07-2.】











静かに流れていた時間を変えたのは、

「よいしょ。」

おもむろに体をずらしたユノだった。
どうしたのかと思ったら、そのままごろんと仰向けに寝転がる。

頭はちょうど、僕の膝の上。
黒目がちなユノの瞳が真っ直ぐ僕を見上げていた。

これは…!


「あんまり見ない角度のチャンミンだ」

親指と人差し指で輪っかを作ると目に当てて、可笑しそうに呟く。

けれど、丸い目をして驚いている僕に気付いて自分のとった行動が恥ずかしくなったのか、
ちょっと目線を反らせてはにかんだ。

その、照れてます!みたいな表情に心が揺さぶられる。
じんわりとダメな方向に脳を犯されている気がしてならない。

「ユノヒョンをこうやって見下ろすこともないので、まぁまぁいい気分です」

僕の台詞に足をバタバタさせて、ユノが笑った。

よくもまぁ、普通の声が出たもんだと自分に感心してしまう。
しかも、膝にかかる重みがどうしようもなく愛しいものに感じてしまって、
気が付いたら髪の毛に触れていた。



サラサラ。


ちょっとだけ。


サラサラ。
サラサラ。

サラサラ。

ああ、だめだ。
気持ちいい。


サラサラ。


手が止まらない。


サラサラ。
サラサラ。


サラサラ。
サラサラ。


「…チャンミナ…楽しそうだな」

サラ。

ハッとしてユノに目を落とす。
いつの間にか恍惚と髪を撫で続けていたらしい。

「すいません」

若干、居心地悪そうなユノが困ったような顔をしていた。

それが僕には意外だったり。
普段のユノなら、ニヤリと笑って「楽しい?」って
悪い顔で言いそうなのに。


こんな風に髪に触られる経験が少ないのかもしれない。
いや絶対少ない。
逆にあったら嫌だ。
ってゆうか、される側だと、どうしていいのか分からなくなるのかも。
その気持ち凄くよく分かる。

…でも…ごめんなさい、ヒョン。
もっと触らせてください。


サラサラ。
サラサラ。


けれど、同時に、不安も芽生えてくる。
こないだのように、ユノの心に刺さる出来事があったのだろうかと。
寝起きだからちょっと重たい雰囲気を纏っているのだと思っていたけれど、
もしそうでなかったら?
普段、甘えてきたりしないユノだけに、その理由も気になりだした。



「ねぇ、ヒョン。…何かありましたか?」

聞いても答えないだろうとは思うけれど。
顔をのぞき込んで聞いてみる。

サラサラ。

「んー、何もないといえば無いけど…どうだろうね?」


疑問を疑問で返された。

やっぱり、ユノに答える気はないようだ。
けれど、きっぱり言い切らないあたり、何かあったのだろう。
それに、少しだけ、僕に聞いて欲しいという気持ちもあるのかもしれない。


サラサラ。


「マネージャーが言ってたんだけど…」

深刻な方向に落ちていきそうだった思考は、ユノの声が遮った。

「最近…チャンミンが可愛い笑顔振りまいて、共演者やスタッフを虜にしてるって」
「えっ」

サラ。

ギクりとして手が止まる。
別に悪いことをしているわけでもないのに…

…余計な情報を。マネージャーめ。

何にしても、意図的に振りまいているわけではない。
脳内ユノのせいってゆうか、イタい人に見えないようにする予防策というか。
それに虜にもしてもいないと思う。



否定しようと慌てて見つめ返したユノの瞳は、
僕が見たことのない色を帯びていた。
「そんなことないですよ」と言うつもりだったのに、そっちに思考がもっていかれる。

なんだろう。

目は口ほどにものを言うというけれど。

この色は、なんだろう。

分からなくてじっと観察していたら、ユノの手が伸びてきた。


指先が頬に触れてからスルりと耳を掠め、そのまま首の後ろに回される。





「なぁ、どんな顔見せてんの…?」



急に、ユノの声の質が変わった。
漠然とした不安をかき立てる声。
初めてキスしたときのことを思い出させる声。

「、別に普通の、」

顔ですと最後まで言葉を口にすることができなかった。



そのまま引き寄せられたから。
けれど強い力じゃない。
吸い寄せられるように屈んでしまうのは僕の意志かもしれない。

顔がどんどん近くなる。


「チャンミン…」


僕の名を紡いだ唇に、僕の唇が重なる。


そう思った。しかし。

首に回っていたはずのユノの手は、いつの間にか
僕の唇の上にあった。



「…そうゆう顔は、ここだけにしとけよ」

言い含めるような口調じゃない。有無を言わさない口調。
正直“そういう顔”がどんな顔かなんてわからなかった。

顔のことを言うのなら、今みたいに、同姓の僕ですら生唾を飲み込んでしまうような、
フェロモンにまみれた顔をしているユノのほうが、ダメだと思う。



「わかってる?」

返事をしない僕への確認。焦れったさを含んでいた。
小さく首を縦にふる。

そんな従順な僕に、ユノは「いい子だね」と褒めるような甘い笑みを浮かべた。


唇からゆっくり手が離される。
障害物は何もない。
吐息が触れる距離。
視線が絡まる。

ユノの睫毛が、震えた。



…だからかもしれない。
ユノにとっての“不正解”を思い出したのは。



僕は…僕は、

触れるだけの

キスをした。


唇にじゃない。



唇に触れていたユノの手を捕まえて、
その綺麗な指先のふくらみに

ありったけの気持ちを込めて、キスをした。
そのままユノに視線を流す。










「…!ス、…ストップっ」

ユノはさっと手を引き抜くと、慌てた様子で、僕の目を両手で隠した。

「…へ?」

なぜ目隠し?
間抜けな声が出てしまう。
対してユノはといえば、ため息混じりに呟く。

「はぁ…アブない」
「ヒョン?」
「マネージャーの話は控えめすぎるな…」
「何の話ですか」
「はいはい、チャンミナ~。良い子は寝る時間ですよ」
「ちょっと、ヒョン!」
「おやすみ」

隠されたままの手を退けてもらおうと掴む前に、離れてゆく。
同時にユノは素早く起きあがると、そのまま部屋に向かおうとした。

だから慌てて腕を掴む。
ユノはその手を引こうとするけど、僕は離さない。

引こうとするユノ。
離さない僕。

引こうとするユノ。
離さない僕。

諦めたのか、ユノはやっとこっちを向いた。

「…?」

僕の目には、なぜか動揺しているように見えた。
けれど、それも一瞬のこと。

悪い顔をしたかと思うと、緩んでいた僕の手から緩慢な動作で腕を引く。
その途中の、ちょうど指先同士が触れる位置。
ユノは見せつけるように僕の指に自分の指を絡ませた。

皮膚の内側をくすぐられているような、
そんな感覚に体が震える。

ユノは、そのまま指を引くと同時に、身体を屈めた。

まるで、お姫様の手をとり、うやうやしく挨拶をする王子様の図。
このあとすることと言えば定番のアレ。


そう、ユノは手にとった僕の指に、口づけた。
そのまま、瞳だけがゆっくりと動いて、そして僕を捉える。


「……!!」


息が止まりそうになった。
視線が僕を縛る。
思わず手を引き抜きたくなる、衝動。


「…おやすみ、チャンミン」


僕の反応に満足したのか、また悪い顔をして、ニヤリと笑った。
ユノは僕を視線からも解放すると、再び部屋に向かう。

そこでやっと気付いた。
今のは、…さっき僕がしたのと同じこと。

まだ、心臓がバクバクしていたけれど、ユノが部屋に入ってしまう前に
大切な言葉は無意識の内から出た。



「ユノヒョン!…ほんとに何もない? 大丈夫なんですか?」



さっきは何もないと言われた。
横道に逸れて、色々誤魔化されそうだったけど、
深刻な考えが頭の隅から離れてはいかなかったようだ。

僕の声に、心配を感じ取ったのだろう。
ユノは立ち止まると、さっきと同一人物とは思えない顔をして言った。


「えと、膝……貸してくれてありがと。チャンミン。
 大丈夫かどうかは、まだ分からないけど…
 とりあえず…答えはWEBで。なんちゃって」


相変わらずというべきか、煙に巻く方向の発言。
僕が聞きたかった答えは、本当にWEBにあるのだろうか。






     *** 






ユノが部屋に戻ってしまってから、携帯を取り出して
いそいそと調べものをする。
もちろん、WEBで。


『膝枕 心理』


何を調べればいいのか分からなかったけど、
ユノの行動の理由をグーグル先生に聞いてみる。
すると、


・心を許していることで成り立つ行為
・親密さの表れ
・一般的に恋人同士で行う

そして、

・自分だけが膝枕を味わえることへの優越感


そんな答えを僕に与えてくれた。
特に最後の“優越感”というやつ。

本当にこれがユノの言う、答えだとしたら…
無性に嬉しくて、心がくすぐったくなった。



けれど。
何があったのかは、グーグル先生をもってしても、分からずじまいだった。








end..


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ずっと、頼って欲しいと思っていた。

でも、頼っていたのは、昔も今も僕の方かもしれない。











     【僕らの、/08-1.】











僕らが活動を休止していた間、世の中には新しいものがどんどん生まれてくる。
けれどトップに存在している人間は変わらない。
そのなかの一人が、バラエティで人気を博しているイ・ジョンホ氏だ。

彼は男女問わず、えげつないウワサが絶えることないのに、人気がある。

外見は誰もがうっとりとため息をつきたくなるような、完璧なまでに整ったルックス。
口を開けば歯の浮くような台詞を平然と囁く。
現代に生きているとは思えない。
まるで中世の貴公子、そんな表現がぴったり合う。


そんな彼だから、モテないわけない=スキャンダルくらいあって当然というファンの認識なのだ。
しかも、ぜんぶ遊び。本命は作らないスタンス。
それもまた、たまらないらしい。



身長は僕と同じくらい。
年齢は雰囲気から察するに、30歳手前くらいだろう。

くっきり二重の瞳は目力をさらに強めているが、
その瞳が細められると一気に、優しさと愛嬌が増す。
頬にできる笑窪もその効果を高めているように思う。
どうすれば自分の魅力を存分に伝えられるか、それを分かっている笑顔だ。

緩くウェーブのかかった肩まであるブラウンの髪は、
真ん中で分けられていて、片方が耳にかけられている。
黒いピアスがひとつ光る。

広く開いたVネックのTシャツは、綺麗な鎖骨を見せびらかしているし、
体にフィットしていて、引き締まった肉体がうかがえる。
上に羽織っている黒のジャケットは無造作に腕まくりされているが、
その無造作っぷりがオシャレな印象に拍車をかけているようで、不思議だ。

腕にはシルバーのいかついブレスレット。
そして高そうな時計。

長い足は、濃い色でダメージの入った細身のジーンズを、格好良く履きこなしている。
足元はつま先の尖った、ピカピカの靴。




…なぜジョンホ氏について、こんなに詳しく解説できるのかというと、一般的な知識に加え
まさに今、僕の目の前に立っていて、しかも、片手を差し出されているからだ。

接点のない、これからもあろうはずもなかったイ・ジョンホ氏が
楽屋に来るなんて。


「初めましてだね、チャンミン君」


テレビの中で見る彼と同じ、警戒心を抱かせない口調。


なぜ僕のところに?


まずはそんな疑問が浮かぶが、大先輩だ。
失礼のないよう対応しなければならない。

とりあえず外用の笑顔を満面に浮かべて、
差し出された手を恭しく握る。

すると、もう片手が伸びてきて、僕の手を両手でがっちり包み込んだ。

人差し指と中指を飾っているシルバーのリングが冷たい。


「このあいだ、音楽番組の収録を少しだけ、見学させてもらたんだよね」
「そうだったんですか。気付かなくて申し訳ありません」

誰もが立ち止まって振り返ってしまうような存在感のあるこの人が
スタジオに入ってきたことに気付かないなんて。
カムバックしたばかりで集中していたのだろう…

「いやいや、全然。王の帰還だって女の子が騒いでたから気になっちゃって」
「王だなんて…とんでもないです」
「初めて生で見たよ。感動したな」

そのときのことを思い出しているのか、
ちょっと遠い目をした。
…本当に感動してくれたんだ。

「ありがとうございます…」

嬉しくなって素直に感謝の言葉を述べる。
僕たちのパフォーマンスに、気持ちを傾けてくれたのなら
こんなに嬉しいことはない。


「…ほんと可愛いね」

不意に呟かれた台詞。
僕に向けられた言葉?
頭の中がクエスチョンマークで占められるけれど
答えを求めて目を向けたジョンホ氏は、まったく変わらない笑みを浮かべていた。

「特にチャンミン君、素敵だったよ。ファンになっちゃった」

パチンと片目をつむって見せる。

ファンの前ならまだしも、普段からこんな感じなのだろうか。
男の僕に愛嬌を振りまいても、仕方ないと思うけれど。

「しなやかに動く身体といい、ころころ変わる表情といい、ほんとに僕の…」

こんなに面と向かって褒められるのは恥ずかしくて
強引に言葉を割って入れる。

「そんな…あんまりおだてないでください」
「いやいや、ホントだよ?」

握ったままの手をぽんぽんとたたかれる。
すっかり握手を解くタイミングを逃していた。

「にしても、着やせするんだね。
 スタジオで見たときは、結構イイ身体してて、びっくりしたよ」
「いえ、全然です。鍛え足りていなくて、恥ずかしいくらいです」

たしかあのときは、胸元の大きく開いたジャケットを素肌の上に着ていた。
カムバックのために体を作ってきたばかりだったから、今は緩みのない体だが
目の前にいるジョンホ氏に比べたら、まだ甘いかもしれない。

「今日は…またずいぶんと愛らしい感じだね」

カラーシャツの上からグラデーションカラーのニット、カラーパンツという、
結構ラフな衣装だ。
パフォーマンスの時とは印象を変えてある。
スタイリストさんからは似合っていると太鼓判を押されたが、おかしかっただろうか。

「すごく似合っているよ」

心配が顔に出てしまっていたのか、
大先輩にそんなフォローをさせてしまい、恐縮する。

「すみません、ありがとうございます」
「お世辞じゃないよ、ホントに抱きしめたくなるくらい可愛い」

今度の「可愛い」は明らかに僕に向けた言葉だ。
正直、同性に可愛いと言われるのは素直に喜べないが
否定しても肯定で返ってきそうなので、曖昧に笑っておくことにした。




「そういえば、今日は一人? ユンホ君は?」
「ユンホさんは別の仕事なので、今日は一人なんです」

たしかユノはスチール撮影だ。

ユノといえば、昨日僕が買ってきたヤンパリンを、今朝出かける間際に
こっそりカバンに入れていた。
こっそりだったのは、「食べていい?」と僕に聞けば
「太りますよ」っていわれるのが嫌だからだろう。

今日家に帰ったら、証拠隠滅とばかりに新しいヤンパリンが置いてあるに違いない。

「ジャンクなお菓子が食べたい」って呟いていたユノのために買ってきたんだけれど。
なんだかこっそり感がおかしくて、言えなかったのだ。


ユノは撮影が終わったら、こちらに合流する予定だ。
だから、今頃食べているかもしれない。
格好良くキメた撮影の合間に、格好良さのかけらもない感じで、ポリポリと。
まるでその姿を見ているかのように映像が浮かんできて、思わず笑いがこぼれる。


「チャンミン君?」

名前を呼ばれてハッとする。
ぴょっこり顔を出した脳内ユノに意識をもってかれていた。
先輩の前なのに。
にやけた顔になっていなかっただろうか。
心配になって、ついつい空いている手を口元にあててしまう。





そのとき、楽屋のドアが開いた。
マネージャーだ。
ドアをノブを握ったまま、固まっている。

それはそうだろう。
目の前に、スキャンダラスな大物タレントがいるのだから。

ジョンホ氏に目を向けると、僕を凝視したまま動かない。
マネージャーが入ってきたことにも気付いていないようだ。

なぜだか居心地が悪くなる視線の強さ。


「チャンミンがお世話になっております」

マネージャーが恐る恐るといった感じで声をかけると
やっと気付いた様子で、握っていた僕の手をゆっくりと離した。
それから振り向いて、柔らかい物腰で挨拶を返す。


ひと通りの世間話が終わったのだろう。

直立している僕をチラと見ると、マネージャーに言った。


「僕はすっかりチャンミン君のファンになってしまいましたよ。
 次はいつ会えるかわからないので、よろしければアドレス交換を
 させていただきたのですけれど、いいですか?」


マネージャーは一瞬目を大きく開くと、明らかに困った様子で目を泳がせる。
つまり、交換させたくないということだ。

…なんでだろう。
人脈が広がるのはいいことだと言いそうなのに。
スキャンダルの帝王と東方神起という組み合わせは、相性が良くないということだろうか。

しかし、こんな大物からわざわざマネージャーを通すという義理を立てられたら、
断るに断れないだろう。
まぁ、心配しなくても社交辞令みたいなものだと思うが。

マネージャーはへたくそな笑顔を取り繕って言った。

「ありがとうございます。ぜひ可愛がってやってください」
「お言葉に甘えて、そうさせていただきます」

ジョンホ氏はマネージャーの態度に気を悪くする様子もなく
軽く頭を下げたあと僕の方を向き直って、ジーンズのポケットから携帯を取り出した。
様々なストラップがついている。
統一性のないことから、贈り物だろう。



「そうだ。どうせなら、写真付きで登録してよ」

ジョンホ氏に併せて取り出した僕の手の中にあった携帯をひょいと取り上げると、
マネージャーに渡してしまった。

なぜマネージャーに?

その疑問の答えはすぐに分かった。
ジョンホ氏が僕の隣に並んだからだ。

「マネージャーさん、撮っていただけますか?」

当たり前のように腰に腕を回された。
体をぐいっと引き寄せられる。

香水だろうか…甘い香りが移ってしまいそうな距離。
慣れない体温と、クラクラする匂いに、反射的に体を引いてしまうけれど
予想以上に強い力で、びくともしなかった。
そのことに驚きながらも、なんとかじっと堪える。

あのジョンホ氏だ。
こんな対応は当たり前なのかもしれないけれど、
人見知りをしてしまいがちな僕にとっては、ひどく苦痛だった。


「ほら、チャンミン君、笑って笑って」

僕の方を向いて、マネージャーの構える携帯カメラを指さす。

近い。
顔が近い。
鼻がぶつかってしまいそうな距離だ。

僕の浮かべた笑顔は、きこちないこと間違いないだろうが
言われた通り、懸命に笑顔を作る。

「撮ります」

マネージャーがそう言った瞬間、頬に肌が触れる感触。
ざわっと体に震えが走る。


「ありがとう、チャンミン君。僕にも写真送っておいてね」

ジョンホ氏は体を離すと、背景に青い空が見えそうなほど爽やかな顔で笑った。
でも、彼の香水の香りと、不快感だけが僕にまとわりついていた。






ジョンホ氏はマネージャーと少し話してから、楽屋を出て行く。
もちろん、キラキラの笑顔を浮かべて、僕にひらひらと手を振ることも忘れない。

マネージャーは僕を見て苦笑しながら、携帯を渡してくれる。
しかし、スタッフに呼ばれたため、僕は携帯を受け取る前に現場に向かった。


ユノのいない、一人の現場はさびしいけれど、そんな泣き言は言っていられない。
僕らは始まったばかり。
とりあえず、目の前の仕事を求められる以上のクオリティでこなしていくのだ。


だからこそ、気持ちを切り替えたいけれど、
まだ胸の奥がざわめいている。




ユノに会いたい。

無性に顔が見たくて仕方がなかった。








続く


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一喜一憂。
僕の感情は、振り回されてばかりいる。











     【僕らの、/08-2.】












「おつかれさまです」

廊下を通るスタッフに挨拶をしながら『東方神起』と書かれた楽屋に戻ってくる。
1本目は僕だけだったけど、2本目はユノも合流しての仕事だ。
もしかしたら、もう来ているかもしれない。

気持ちが急いで、勢いよくドアを開ける。


驚いて顔を向けたのは、メイクさんやスタイリストさん、スタッフだけで
その中にユノはいなかった。

念のため、中に入ってもう一度ぐるっと部屋を見渡してみる。
やっぱりいなかった。


「………ユノヒョンは?」

振り返って、後ろからついてきていたマネージャーに問いかける。

「もう、到着していると思いますが…」

切羽詰まったような気持ちが顔に出ていたのだろう。
マネージャーは少し心配そうに眉をハの字にして、そう言った。

直後、ガチャリという音と同時にドアが開く。
マネージャーの後ろからひょっこり顔を見せたのは、ユノだった。


「お、チャンミン~。おつかれさん」

「…ヒョンっ!」

ユノの姿が目に入った瞬間、
この感情がどんな種類かわからないけれど、衝動が込み上げる。

そのせいか、頭で考えるより先に体がユノに向かうが、
一歩も踏み出さないうちにマネージャーにぶつかってしまった。

「!、すいません…」

慌てて体を引いて、揺らいだマネージャーの体を支える。

そうだ、僕とユノの間にはマネージャーがいたのだ。
ユノしか目に入っていなかったらしい。

少し冷静になる頭。

場所もわきまえずに何をしているんだか。
ぶつからなければ、うっかり抱きついてしまっていた気がする。
そういう意味では、マネージャー、ナイスブレーキだ。


ユノはといえば、僕の様子に驚いたように目をぱちくりとさせていた。

やっとユノの顔を見ることができた嬉しさと、
手の届く場所にいる安心感が出すぎていたのだろう。

声にも、態度にも。

ユノは敏感に感じ取っているに違いない。


僕がそんなことを分析している間に、察したらしいマネージャーは
こちらこそすみませんと言いながら身を小さくして
そそくさと僕らの間から脱出した。

ユノはマネージャーのそんな背を可笑しそう見送ると
僕に目を戻して、口の端をくいっと上げた。
そして、

「そんなに俺に会いたかったの?」

知っているくせに、意地悪なことを言う。



    でも、この顔が見たくて、見たくて、仕方がなかったんだ。



ふだんの僕なら、「空気中にある水蒸気の粒程度です」などと
会いたかった大きさを表現していただろう。
けれど、今ばかりは冗談に少しだけ本音が混じってしまう。

「…あえて言うなら、これくらいです」

僕は自分とユノとの距離、1mくらいを手を使って表現した。

目の前にいなければ、会いたくなる。
目の前にいれば、触れたくなる。

冷静な頭では、1mの距離をゼロにする一歩すら踏み出せない。

そんな本音。


ユノは僕の言葉をどう受け取ったのだろう。
ぷっと吹き出すと

「ツッコミずらいっ!」

そうツッコんだ。
部屋にいたスタッフもそう思っていたようで、ユノにつられて笑う。
楽屋が和やかな雰囲気に包まれた。


「とりあえず、チャンミナ~」

ユノは少し首を左に傾けると、僕の方に右手を伸ばして目の高さまで上げる。
そして、僕に手の甲を向けたまま、くいくいっと指を曲げた。



「おいで?」


冗談の延長?
でも、ユノの目は、口調と違って冗談を言っているようには見えなかった。

だからかもしれない。素直に体が動いてしまう。
1mの距離を踏み出して、身体を預けると腰に腕を回してぎゅっとする。
そしたら、いい子いい子をするように、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「…ヒョン……」

口から出たのは情けないことこの上ない声。
強がりの欠片も残っていない。
でも、安心感で満たされる。
心がユノでいっぱいになる。

僕にまとわりついていた匂いはユノの匂いで塗り替えられた。
ちょっと低い体温も気持ちいい。
離せなくなる。


スタッフはそんな僕たちを冗談の一部分であるかのように
笑いながら見ていた。





「何かあった?」
「えっ」

耳元で、僕にしか聞こえない声で問われる。
気遣いを含んだ声。

僕は言葉に詰まってしまった。
聞かれないわけがなかったのに…僕はその答えをもっていない。

ユノに何を言えばいいのだろう。

ジョンホ氏の行動が僕を不快にさせましたとでも?
そんな生意気なことを口にするなんて、僕のほうが怒られてしまいそうだ。
そもそも、ジョンホ氏にとっては僕をリラックスさせるための言動だったかもしれない。
そのことに漠然とした不安を感じてしまっただけのこと。

ユノには何も害のない。
むしろ、僕がユノに心配をかけている…迷惑以外のなにものでもないじゃないか。

だから、
「…何もありません」


そう言うしかなかった。




そんな僕の背中にスタッフから「お願いします」と声がかかる。
次の仕事の準備をしなければならない。ユノはもう済んでいるようだ。
音楽雑誌の取材だから、衣装もヘアースタイルも曲に合わせたイメージにチェンジだ。

「話は後でにしようか。さ、チャンミン、仕事だ」

前半は耳元で。後半はみんなに聞こえる声で僕を促した。
…何もないといった僕の言葉は、なかったことにされたようだ。


回していた腕をゆっくりと放して目を向けてうなずくと
にっこり笑ってうなずき返してくれた。





ユノがソファーに座っているマネージャーの隣に腰掛けるのを見送ってから
僕もスタッフに促されるまま、大きな鏡の前に座る。


そのとき、携帯がカタカタと音をたてた。
ガラスのテーブルの上で震えているのは、マネジャーに預けていたはずの僕の携帯だ。
そういえばすっかり忘れていた。

「マネー…」

取ってくださいとお願いするより先に、マネージャーがスッと腕を伸ばす。
それからチラと一瞬だけユノを気にするも僕に渡してくれた。

なんでユノを気にしたんだ?

マネージャーの行動を不思議に思ったけれど
渡された携帯を見て、思わず落としそうになってしまった。



メール新着。

それは普通だ。でも僕を驚かせたのは、背景に表示されている画像。
ジョンホ氏と撮ったツーショットだ。

あのとき感じた体温とクラクラする匂いが急に蘇ってきて、
思わず身震いする。
さっき忘れたばかりなのに。


グラビア写真顔負けの艶やかな笑顔を浮かべているジョンホ氏と
頬をくっつけて、はにかんでいる僕。
まるで僕がジョンホ氏のスキンシップに照れまくっているかのようだ。
しかも、しっかりと腰に回された腕まで映っている。
僕の気持ちとはまるで正反対の写真。

男同士でなければ、…完全にカップルだ。



マネージャーがすかさず携帯を取ったのは、こういう理由だったのか。
相手が男女ともにスキャンダルの絶えないジョンホ氏であるだけに、
人に見られると勘違いをされてしまいそうだ。

ってゆうか、この問題のある写真を設定したのは僕じゃないから、
マネージャーしかいない。

鏡越しに睨むと、両手を併せてごめんなさいのポーズをした。
ジョンホ氏が去り際にマネージャーと話していたのは、この設定をさせるためだったのだろうか。


ユノに目を向ける。
画面が見える位置に携帯があったはずだが、見ていないのだろうか。
スタッフと談笑している。


僕はほっとした。


…って、何に安心しているというのだ。
自分の心理に、思わずつっこみを入れてしまう。

ユノがこの写真を見ていたら、怒るとでも思ったのだろうか。



仮にだ。
見られたいわけじゃないけれど、
もしユノがこの写真を見たときの様子を想像してみる。


  良い縁があったんだな。
保護者であるかのような暖かい目で。
ありそう。

  実物どうだった!?
興味津々と身を乗り出す。
なさそう。

  俺にも紹介してほしいな。
友達の輪に参加を希望する。
…絶対ないな。希望されても紹介なんてしないけど。

  スキャンダルに巻き込まれないように気をつけろよ。
ジョンホ氏が相手なら、これをユノが心配する可能性は高い気がする。
東方神起にスキャンダルは不要だ。

  そんなに親しいの?
怒り気味に問い詰められる。
ちょっと…いや相当、嬉しくなってしまうかも。
でも、ユノはそういう目で僕を見ているわけじゃないし…やっぱり怒ることはないか。




僕の妄…想像はスタイリストさんの興奮した黄色い声に遮られた。

「わぁ、イ・ジョンホさんとの写メですね!? キレーっ! お似合いすぎますっ!!」

その声にビクッと肩がゆれる。
悪いことをしているのが見つかったときのような…そんな焦り。

後ろから画面が見えていたのだろう。
さりげなく隠して画面をブラックアウトさせる。

「いえ、先ほどお会いする機会があっただけです…」

彼女の声はユノにも聞こえていたはずだ。
写真を見せてと言われたらどうしよう…


さっき、怒ることはないだろうって考えていたのに、
動揺してしまう。

鏡越しにユノの様子をこっそりと伺った。




けれど目が合うことはなかった。

スタッフからの差し入れであろうお菓子を眺めながら、
どれを食べようか迷っている。

まったくこちらに関心は向いていない。



    気にはなりませんか?


その瞬間思い知らされる、気持ちの“質”の差。


写真を見たら…なんて心配する必要はなかったんだ…
別に反応を期待していたわけじゃないけれど。
僕が誰と何をしていようと、ユノにとっては気になるようなことではない。
むしろ、どうでもいいのかもしれない。

これが、家族愛にも似た感情と、ただ一人を想う恋心、その気持ちの差なのだろう。
そんな風に考え始めると気持ちがどんどん萎えていくのがわかる。

さっき、ふざけるふりをして僕を宥めてくれたのも
全部、僕の感情とは別のものなのだ。



わかっていたはずなのに。
僕はいつの間にか“特別”を期待していたのかもしれない。








「さっきですか!? ホンモノどうでした?! 私、お会いしたことないんですよー」

落ちてゆくだけの思考を加速させる黄色い声。

「……素敵な方でしたよ」

もうこの会話を続けたくなかった。
差し障りのない言葉で返す。

けれど彼女のテンションは下がらない。

「あ、でも、今日はこのビルにいらっしゃるってことですよね!」
「ええ、そうですね」
「どこのスタジオで収録か聞きました?!」
「いえ…」
「会いた~い!」

一日に二度も会いたくなる人物ではないし、なんか、どうでもいい。

そのとき、

「チャンミン!これ、イケる」

声と同時にユノの手から弧を描き、僕の方に落ちてきた。
反射的に手を伸ばしてなんとか受け取る。

ユノが食べていたお菓子だ。

「ナイスキャッチ♪」

ユノはもぐもぐしながら、ペロっと唇を舐めて
CMばりに完璧な笑顔と共に親指を立てた。

効果音をつけるのなら、キラリーン、だ。


落ちるだけだった思考が、その場に留まる。

黒いレザーのスーツにピンと立った前髪。
真顔でソファーに座っていれば、凛とした男らしさが際だってめちゃくちゃカッコイイのに、
幸せそうにお菓子を頬張るなんて…なんですかそれ。

差し入れたスタッフも嬉しそうだし、
スタイリストさんの動き続けていた手も口も、ユノに目が向いているせいで止まってるし、
僕の荒みかけた心は温かいほうに向くし。

分かっていてそんな姿を見せているのだろうか。






ユノはごちそうさまでしたと満足気に言うと
マネージャーに目を向けて、人差し指で楽屋のドアを指した。
外で話そうという仕草だ。

「いいですか」

マネージャーは顔をこわばらせると、頷いて先に出ていった。
ユノも続く。

ざわざわ廊下に出るなんて…楽屋ではしにくい話なのだろう。
マネージャーの顔は、何の話かわかっているように思えた。





続く

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目を見ただけで、考えていることはなんとなくわかる。


でも、初めてこの瞳の色を見たとき、わからなかった。
そして二度目の今も、わからずにいる。

だから、



     どんな想いを僕に向けているんですか




その瞳に、問いかけた。











     【僕らの、/08-3.】










二人がいない間に、準備は終わる。
スタッフは、時間になったら呼びに来ますと言い残して、楽屋を後にした。

広めの部屋に、僕ひとり。

鏡の前を離れて、ユノが座っていたソファーに腰掛けた。




廊下の二人が気になったが、手の中にある携帯の確認が先だ。

本当にメールを送ってくるなんて…
本来は有難いことなのだろうけれど、気が重くて仕方がなかった。

ため息を漏らしながらブラックアウトさせていた画面を付ける。
またあの写真を見ることになって無駄に気持ちが沈むけれど、
見なかったことにして、恐る恐るメールを開いた。


『今日は20時終わりの予定だよね。美味しいイタリアンを食べに行こう。
 マネージャーにはOKもらってるよ♪』


マネージャー!
思わず天を仰いでしまう。
本日2回目だ。マネージャーを恨めしく思ったのは。


正直、ふたりっきりでご飯に行くなんて、間が持つとは思えない。
昼間の事もあるし、僕としては、仲を深めたいとも思えなかった。

先約があるとか、仕事が入ったとか、体調が悪いとか。
マネージャーには申し訳ないけれど、嘘をつくのも方便だ。

チラと時計を見る。
今日の今日の話だ。早く断らなければ。


『せっかくお誘いいただいたのに申し訳ありません。今日は』


そこまでメールの文面を作るけど、ひとり愚痴る。

「…先延ばしにしてもどうしようもないか……あ~もーっ!」

額に手を当てる。
じゃぁいつにしようかとつっこまれたら、約束という形で話が進んでしまう。
それは今断るより、面倒なことになる気がしてならない。

とはいえ大先輩だ。
下手に角を立てたくはない。
それこそユノにまで迷惑をかけてしまいそうで、それが一番怖い…


発端はマネージャーなのだから、ここはやっぱり
マネージャーになんとかしてもらうのがいいだろう。


せっかくセットしてもらった髪だけど、
思いっきりぐしゃぐしゃにかき混ぜてしまいたい心境だった。









ガチャ。

再びドアの開く音。

戻ってきたのはユノだけだ。

「マネージャーは? まだ廊下にいますか」

相談ついでに文句も言わないと気が済まない。
勢いよく立ち上がってドアに向かうが…足を止められてしまった。


ユノがバタンとドアを締めて、そのままドアに背を預けたから。
そして、ちょっと上を見上げて息をつくと、そのまま僕に視線を投げかけた。

「マネージャーにはお使い頼んだから、今いないよ」
「そうですか…」
「で、チャンミン。さっきの続き…」

ユノはゆっくりとドアから身体を離すと、
こっちに向かって歩いてくる。

「……しようか」

身体がビクついてしまう。
続きとは、ジョンホ氏のことだろうが、身体の反応はユノの纏う雰囲気のせいだった。
感情をあえて押さえているのに、漏れた一部が落ちて波紋を広げていく、
そんな感じ。

怖いわけじゃないけれど、僕の足はユノが距離を詰める分だけ下がってしまう。
そしてソファーが足に当たったと思ったら…
体勢を崩す形でソファーに体が落ちてしまった。


ユノを見上げる。
ユノが見下ろす。


ユノはギシっという音を立てて、膝からソファーに乗り上げた。
それから僕の位置より奥にある肘掛けに手をかける。
僕は追いつめられる形で、ソファーとユノに囲まれた。


「ちょっと、ヒョン…」

焦ったような声が口から漏れる。

甘い雰囲気とか、そんなんじゃない。
ただただ近くなった分だけ、圧迫感がきつかった。
身体を逃がしたいけれど、もうスペースはない。
だから両手でユノの胸を押してしまう。

すると一瞬ユノが悲しそうに顔をしかめたから、
慌てて突っ張っていた手の力を抜いて、ぎゅっと拳を握った。


話をするだけなのに、こんな風に迫られる理由が分からない。

一体何だというのだ。

探るように瞳を見返す。




そこで…初めて気が付いた。
この瞳の色には、見覚えがある。

そう。ついこの間見たのと同じ。
僕の膝の上から見上げてきた瞳と同じ色だ。

あのとき、正体が分からなかった。
今も…探ってはみたけれど、わからない。

どんな想いを含んでいるのだろう。
僕の知らないユノの一面?
追いつめられている現状もなにもかも頭の隅に追いやられて

今、知りたくて、たまらなくなる。


「教えてください」

ユノの行動の答えも、この瞳の色にあるのだろうけれど
読み取ることができない僕は、いちばん分かりやすい、言葉を要求した。

ユノは首を傾げる。

「教えて欲しいのは、俺の方なんだけど?」
「僕が先です」

間髪入れずに言って、指を伸ばすと目元に触れる。
そしたらユノは、毒気を抜かれたように目をぱちぱちして、ふっと笑みをこぼした。
目が伏せられる。

圧迫感が消えた。

「いいよ。なに?」

再び僕を捉えた瞳には甘さが加わっていて、あの色は薄まっていた。
だから、消えてしまわないうちに聞く。

「今何考えていましたか?」
「チャンミンにキスしたいなって考えてたけど」
「……は?」

普通に返ってきた答えは予想外すぎて、顎が外れそうになる。

キス?
キスって、僕に?

「いい?」

僕は何も言っていないのに、顔が近づいてきた。

「口、開けててね」
「へ?」

チラと覗いた赤い舌に目が吸い寄せられる。
これからユノがすることが想像できてしまって、顔が熱くなった。


本気ですか。
急にどうしたんですか。
なんで僕にキスしたいんですか。

色々な疑問が一気に押し寄せるけれど、ひとつだけわかっていることがあった。




嘘じゃないけれど、
本当のことは言っていない。




近づいてくる表情がどんどん扇情的なものに変わっていくから
見とれてしまいそうだったけど、


「…ちゃんと、教えてください」


唇が重なってしまう前に、なんとか口にする。

ユノの動きが止まって、そして少し距離ができた。

顔を伺う。

すると、困ったように、笑った。












そのとき。


コンコン。
ドアを叩く音。

ユノはふいとドアの方に顔を向けると、
ソファーから足を下ろしながら「どうぞ」と声をかけた。
覗いた顔はスタッフだ。
準備ができましたとのこと。

ユノは僕を振り返る。
いつものユノに戻っていた。
もちろん瞳に宿っていた色も、きれいに消えている。
完全なる仕事モード。

「さ、行こうか」

それだけ言ってドアに向かおうとするけれど、僕はその背中に声をかけた。

「あとで、話ましょうね?」

ユノはぴたっと足を止めると、ゆっくり振り返る。

「…チャンミナ~」

さっきと同じ、困った顔だ。
でも、今日は引いてやらない。

「誤魔化されると思ったら大間違いですよ」
「誤魔化してなんかいないよ」

ユノはすっとぼけながらも、仕方ないなというふうに笑った。
けれど、頷くこともなかった。

「…さ、行くぞ」

早くおいでと手で僕を呼ぶと、先にドアの外に消えていった。








僕もドアに向かうが、鏡の前で立ち止まって、自分の顔を確認する。

赤くない?
大丈夫?
いつもの顔ができてる?

何でもないふりをしていたけれど、
キスしたいと言われたことに、心を乱されていた。
今も心臓がバクバクしている。






本当に、そう思っていたのだろうか。
僕に…僕と、そういうことがしたいと、本当に思ったのだろうか。


それとも…話を反らすためだけにとった行動なのだろうか。


心の中からユノに問いかける。
もちろん答えは返ってこない。

知りたいことが、またひとつ増えた。







続く



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綺麗な男なら、美しい女なら、ここ芸能界には数えられないくらいいる。

しかし、彼らは僕の心を奪ったりしない。
僕が、奪う側だからだ。


そんな僕が、彼に心を奪われてしまった。


けれど、そんな彼の心は、僕ではない男に……奪われていた。













     【僕らの、/08-4.ジョンホside1】












「どちらに行かれていたんですか!」

楽屋に戻ってくるなり、マネージャーに凄い剣幕で詰め寄られる。

「…そんなに大きな声出さないでよ」

片耳を塞いで聞き流しながら、壁際のソファーにどかっと腰掛けて足を組む。

「いつもどちらに行かれるか、連絡してくださいといっているでしょう」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「…とぼけないでください。収録の合間なんですよ!」
「わかってるって。でも、言ったら止められそうだったし」
「まさか…」

マネージャーは僕の出かけていた先に気付いたのだろう。
天井を仰いで盛大にため息をついた。
チャンミン君がこのビルにいることも、一人でいる時間も、教えてくれたのはマネージャーだ。

「…悪い癖を出していないでしょうね」

僕の隣に座って顔をのぞき込んでくる。

「人聞きがわるいなぁ」
「東方神起さんに手を出すのは、ちょっとじゃなく問題になりますって」
「なんで東方神起はだめなの?」
「さすがにビッグアーティストすぎます。バッシングの嵐にさらされちゃいますよ…」

最悪の状況を想像したのかマネージャーは自分の身体を抱いてブルッと震えた。

「ん~たしかにね。でも、もう遅いな」
「…えっ!?」
「サイは投げられたってやつだよ」

膝の上で頬杖をつき、にっこり笑いかけると
マネージャーは幽霊みたいに精気の抜けた顔をした。
そして両手で頭を抱える。

「…お願いですから、収拾するこっちの身にもなってください」
「それも僕の魅力でしょう?」
「うっ…それはそうですけど…今までは、先方もジョンホさんとのスキャンダルが
 話題性という意味でメリットがあったから、なんとかなっていたんですよ」

意外と的を得たことを言う。
たたみかけるように、マネージャーは言葉を継いだ。

「東方神起さんともなると、スキャンダルはNG中のNGなんですから」
「今回は不用意にバラさないから大丈夫だよ」
「バラさなくても、バレますから」

天の神様に祈るように両手を合わせる。
僕だってマネージャーを困らせたいわけじゃないけれど、

「でもね、今回はちょっと…いや、かなり本気だから…」

マネージャーはガバっと顔を上げて、
僕の言葉を最後まで聞くことなく

「それはもっとだめです!!!」

青白い顔をもっと白くして、大きな声で怒鳴った。







初めて彼の存在を知ったとき、可愛い男の子がでてきたなくらいの認識で
食指が動くことはなかったし、興味も持たなかった。

そりゃそうだろう。
僕は男もいけるけど、基本的には女性の方が好きだ。
同じ可愛いなら女の子の方がいいに決まっている。
さらに言うなら、付き合う=新しい装飾品を持つという感覚だから、
隣に立っていて目の保養になるくらいの美しさを持っていないと
男と付き合うこの僕のセンスが疑われかねない。

というわけで、会ってみたいとも、お近づきになっておこうとも思わなかった。


けれど、最近は、東方神起カムバックの話題でもちきりだったし、
たまたま隣のスタジオで収録しているのを知っていたから
暇つぶしくらいの気持ちでふらっと立ち寄ったのだけれど。



ドアを開けた瞬間、否応なく意識を持っていかれてしまった。

無数のライトに照らされたその中心から、圧倒的な存在感が放たれていたから。
目が釘付けになる。


“東方神起ってこんなグループだったっけ?”


自分の記憶にあったものとは、重ならない。
そこには、強い意志と確固たる信念を感じ、それが感動となって僕の胸を揺さぶった。



そして、瞬きさえ惜しいくらい、僕の目を奪ったもの。

まるでショーを見ているかのようなパフォーマンスもさることながら、
柔らかそうに揺れる髪、長くて細い手足、衣装からチラチラ見える胸筋、しなやかに動く身体。
見る者を誘う指、セクシーな腰の動き、そして、次第に乱れてくる息づかい。

真っ直ぐ前を見据える澄んだ瞳、挑発するような攻撃的な表情、
愛らしく笑む魅惑的で蠱惑的な顔。

真摯に響いてくる、力強い声。
見る者の気持ちまで鷲掴みにして突き抜ける、ハイトーンボイス。



凛々しく、美しかった。









「ジョンホさん、聞いてますか!?」

マネージャーの声で我に返る。

「ごめんね、聞いてなかった」
「はぁ!?お願いしますよ~…」
「うそうそ、わかってるって」


そう、わかっている。
僕が恋愛に本気になるなんて、マネージャーが言うように、あってはならないことなのだ。

あくまで遊び。

そのスタンスを貫くことができなかった日には、僕が築き上げてきたイメージは
崩れてしまうだろう。

それはつまり、人気を失ってしまう可能性があるということだ。


「行動の結果をちゃんと考えてください。お願いですから!」

マネージャーの苦言は続くけれど、
そんなことは言われるまでもなく、常に考えている。
だからこそ今の地位があるのだ。

しかし。

「考えたっていてもどうにもならないこともあんだよね」
「…えっ、貴方ほどの人がですか?」

僕の呟きは、驚きに満ちた声で問い返された。
マネージャーの中の僕は、恋愛自由人とはいえ、理性的に動く大人ではあるらしい。
肩をすくめてみせる。

今日みたいに、頭より感情が先行してしまうことがあるなんて、
僕だって知らなかった。

けれど自分の意志ではどうにもならないことのように思う。
だって、彼がそうさせるのだから。



僕の発言に余計不安を抱いてしまったらしく、これだけは確認しておかなければという感じで
マネージャーは探るような目を僕に向けた。

「…まさかもう既に、謝罪に出向かなければならないような事はしていないでしょうね?」
「謝罪ねぇ。例えば?」

「周りの目を気にせずエロいキスするとか」
「………」
「あのときは周囲がどよめいてましたよね。あまりに堂々としてたから」
「………」
「スカートの中に手を入れてキャッキャするとか」
「………」
「隠れてるつもりでしたでしょうけど、ギャラリーいましたから」
「………」
「スタッフのいない隙を狙って楽屋で押し倒」
「もういいよ…」

淀みなく僕の過去を口にするマネージャーにストップをかける。
どこまで知っているんだ?
ってゆうか、すべての件で関係者に謝罪をしていたのだろうか。
先方にもメリットがあると分かっていながらも。
ちょっとざわついた心は隅に置いておいて、マネージャーを安心させておく。

「…お見知りおいてもらった程度だよ」

想像以上に細い腰とやわらかくてなめらかな頬、芳しい匂いを思い出しながら
笑顔でそう言った。




とはいえ、正直なところ、彼の中で良い方向に印象が残ったという手ごたえはない。

自分を良く見せたい。
それだけを念頭において、どんな接し方がいいのか探っていたはずなのに。

思わず予定にない行動をとってしまったのだ。
…あれは、逆に警戒心を抱かせてしまっただろう。





発端は、僕がユンホ君の所在を聞いた時。
僕に向けていた緊張を含んだ面持ちがみるみる綻び、優しい表情が溢れるように出てきた。

綺麗な顔がより輝いて見える。
めちゃくちゃ可愛い…
こんな表情も持っていたんだ…感動にも似た気持ちが沸き起こる。

けれど、それは僕に向けたものではなく、
彼の瞳は映っているはずの僕をすり抜け、別の誰かを見ていた。

それに気付いたとき、ときめいた気持ちがどんどんしぼんでゆく。

目の前にこの僕がいるというのに、別の人間のことを考えているその事実は、
僕の自尊心を大きく傷つけた。


さらに、今彼の頭の中にいるであろう相手が誰かということも
どんな想いを抱いていかということも、…分かってしまった。



むくむくと芽生える、焦げるような嫉妬心。


どうしても奪いたくなった。
彼のすべての感情を、僕だけに向けさせたくなった。




そのあとの行動は、時期尚早すぎたことは分かっているけれど
我慢がきかなかったのだから仕方がない。

とはいえあの程度で抑えられたのだから、褒められて然るべき忍耐力だと思う。


良い印象と引き換えに、彼の中に僕の存在を植え付けることはできただろう。









マネージャーは真偽を見極めるかのごとく、僕をじっと見ていたけれど
溜息とともに立ち上がった。

「ならいいですけど…」
「心配しなくて大丈夫だって」
「……ホントにお願いしますよ」

もう一度念を押すも、時計に目をやると
タイムリミットだと示すように、腕時計を叩いた。

「スタジオに戻りましょう」



僕はマネージャーの後についてゆきながら、
さっき会ったばかりの彼にまた会いたいと、強く思っていた。


マネージャーの苦言も、僕の気持ちを押しとどめる一手にはなり得なかったようだ。







続く

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プロフィール

YUKA

Author:YUKA
ある日突然、ユノに恋をしました。
気付けば、チャンミンに構って欲しいユノと、ユノの側にいてくれるチャンミンの図に、萌えまくっていました。腐り具合は、きっとこれから進行してゆくのでしょう。

東方神起ありがとう!

「東方神起 RISE AS GOD」
「東方神起 LIVE TOUR 2015 WITH」




素敵な画像をお借りしました。
ありがとうございます。