「ヒョン、帰りました!」

勢いよくドアを開けた。
僕の声だけが響く。
返事はない。

「…ユノヒョン?」

もう一度呼んでみる。
やっぱり僕の声しかしなかった。










     【僕らの、/04-1.】









カムバックの準備をしながらも、僕らはそれぞれの仕事をこなしていた。
昔ほどの忙しさではないけれど、充実した毎日だ。

そして、今日は、僕もユノも夕方からオフ。

だからてっきり家にいると思って、急いで帰ってきたのに。


ユノの姿はなかった。


普段は揃える靴も、今はぽいぽいと脱ぎ捨てて、ユノの部屋に向かう。
一応ノックをしてからゆっくり開け、顔だけのぞかせた。

綺麗な部屋。
ベッドだけがシワになっている。

前回僕が片づけてからもう一週間以上はたっているから、
家には寝に帰ってきているだけなのだろう。




そうだ、携帯!
ドアをしめて、ポケットから取り出す。


コール、5回目で繋がった。


『今どこにいますか?』
『おお、チャンミン~。スタジオにいるよ』

電話の向こうで音楽が流れている。
何の曲だろう。

『レッスン中ですか?』
『うん。あ、いや、俺のじゃなくて、ミンジュンのだけどな』
『…ミンジュン?』


思わず声が低くなる。

目にまでかかる長さの黒髪からのぞいた切れ長の瞳。
軽く開いた赤い唇に長くて綺麗な人差し指が触れているのが官能的だ。
肩からずり落ちそうなほど襟の大きな衣装から見える肌は、なめらかで美しいことが想像できる。
身長は180cm以上あるらしく、実物は男性的なビジュアルであるらしい。
けれど写真から感じる雰囲気は中世的で甘い。

そう、ミンジュンとは、つい先日、キュヒョンが送ってくれた写真の彼に他ならない。



『…チャンミン?聞こえてるかー?』
『あ、はい。すみません。なんでヒョンが参加してるんですか。休みでしょ?』
『そうなんだけど、ボイトレしようと思って来たら、ばったり社長に会って……ん?』


急にユノの声が遠くなった。
電話口を手でふさいだようだ。

微かに男性の声が聞こえる。

ミンジュンと話しているのだろうか。
僕と話している最中だというのに。


声が戻ってきた。

『ごめんな、チャンミン。電話聞こえずらいだろ? 今、スタジオ出るから』

間髪入れず答える。

『いえ、いいです。もう切りますから』
『……え?』

今度はユノの間が一瞬あいた。
その理由を考えることもなく言葉を継ぐ。

『そっちに向かいます』

ユノの返事を聞く前に電話を切り、玄関に置きっぱなしにしていたカバンから財布だけを取り出して、すぐにマンションを出た。




僕の前を通り過ぎていくタクシーを苛立たしい気持ちで見送る。

なぜこんなに急いでいるのだろう。
なぜ不安が胸を占めているのだろう。

なぜ、なぜなんだろう。

捕まらないタクシーを待つのは止めて、僕は走り出した。




“チャンミン、聞いた?練習生の間で話題になってるユノ先輩の新しい伝説”

キュヒョンは電話でそう切り出した。

近々デビューする青年がいるらしい。
ユノがスタジオへ練習に行っているとき、ビルのエントランスでばったり出会ったとか。
彼はユノの大ファンで、憧れのスターをいきなり目の前にして緊張で固まってしまったのだ。
ユノはそんなミンジュンを見て立ち止まり、彼のルックスから練習生であることに気付いたのか
爽やかな笑顔を浮かべて、まるで手本を見せるかのように深く腰を折った。
「東方神起のユノ・ユンホです。よろしくお願いします」
大きな声で挨拶をしたそうだ。
まさかユノの方からそんなきっちりとした挨拶をされるとは思っていなかったらしく、
彼はいたく動揺しながらも、ユノと同じように挨拶を返した。
ユノは“よくできました”と褒めるような満面の笑みで頷き、颯爽と去っていたとかなんとかなんとか。

ユノらしいといえばユノらしい。
皆をまとめるリーダーシップ。
自分に厳しいけど人には分け隔てなく優しい。
いつでも全力で手を抜かない徹底ぶりは、尊敬するしかない。
そんなユノを慕う後輩が多いのは知っている。

けれど僕が気になったのはそこじゃない。
その後だ。




エントランスを出たところで、車からヒチョルが降りてきた。

「ヒチョリヒョン!」

ユノはヒチョルの姿を見つけて走り寄る。
ヒチョルは両手を広げてユノを迎えた。
がっしり抱き合ったあと、何の話をしているか分からなかったが、ユノが爆笑したことに怒ったふりのヒチョルがユノの髪をぐちゃぐちゃにしようとし、そんなヒチョルから慌てて逃げるユノ…というジャレ合うシーンがあったとか。

もちろん彼もそれを見ていたわけで……
ユノの姿が見えなくなるまでずっと見ていたらしい。




“あいつ、絶対ユノ先輩のギャップにオチてるな”




キュヒョンのこの言葉が、僕の心をひどくざわつかせた。
そう……ミンジュンの心情が手に取るようにわかってしまったから。






ようやくスタジオのあるビルの前に着いた。
ゆっくり息を吸って乱れた呼吸を整える。



……僕は、何のためにここまで走ってきたのだろう。



額の汗をぬぐいながら、エントランスをくぐり抜けた。





続く


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ずっとずっと憧れていた。


初めて貴方の存在を知ったとき、世の中にこんなにも格好いい男性がいるのかと、釘付けになった。
初めてライブに行ったとき、こんなにもファンのために歌ってくれる人がいるのかと、泣きそうになった。
初めて後ろ姿を見かけたとき、ファンの一人として感謝を叫びたくてたまらなかった。
初めて数十センチの距離に立ったとき、これは自分に都合の良いただの夢ではないかと疑った。

初めて貴方の素顔を垣間見たとき、自分は恋に落ちたのだと悟った。



俺は今、ユノ先輩の隣で踊っている。










     【僕らの、/04-2. ミンジュンside】











つい先日、ユノ先輩と会ってから、俺はスタジオに通い詰めている。
もしかしたら、また会えるのではないかという期待からだ。
デビュー前でスケジュールは詰まっているけど、そこは1%の努力と99%の効率。

うんうん。
俺は顔もいいが、要領もいい。
ナルシストと呼ばれようが、事実が伴っているのだから問題ない。

問題なのは、運がやってこないことだ。


あれから一週間がたとうとしている。
まだユノ先輩に会う機会はやってこない。


まぁ、悪いことばかりでもないのだけれど。
毎日通っていると、ユノ先輩の情報が集まるからだ。

1.ユノ先輩は苺が好き。俺の好物も苺になった。
2.ユノ先輩は頑張っている後輩が好き。毎日スタジオに通っている俺。うん、頑張っている。
3.ユノ先輩は博愛主義者。それはちょっと困る。愛は俺だけにくれればいい。
4.ユノ先輩は空気が読めない天然さん。俺も読めないから大丈夫。
5.ユノ先輩は男の中の男。たしかに格好いい。それについては、俺の方が!とはさすがに言えない。
6.ユノ先輩は天使だ。うーん、分かる気がする。あの笑顔には癒し効果がある。
7.ユノ先輩はチャンミンさんを溺愛している。さっき、博愛主義者って情報流したの誰だよ。

こんな具合に。
実際にユノ先輩を知っている人たちから聞いたのだから、間違ってはいないだろう。


あー、会いたい。
情報だけでなく、いや、情報も欲しいけど、本物に会いたい。
どうしたら会えるのだろう。

俺は今日も、もはや定位置となった共有スペースでオレンジジュースを飲むのだった。
本当はブラックコーヒーを格好良く飲みたいのだが…




そのとき、廊下の奥がざわついていることに気付いた。
そしてその理由はすぐにわかった。

シャツにカーデガンを羽織り、半ズボンという姿。
特に着飾っているわけではないのに、顔が小さくて手足が長いもんだから無駄に格好良い。
ユノ先輩がこちらに歩いてくる。

俺は、慌てて立ち上がった。



遠くからだけど、ユノ先輩と目が合う。
ユノ先輩は軽く手を挙げた。

俺の方を見ている。
まさか、俺に向かって?

慌てて頭を下げた。



「ミンジュン、だったよな?」


まじか!!

ユノ先輩からまた声をかけてもらってしまった。
しかも名前まで覚えててくれていたなんて。

「社長から話は聞いたよ。毎日スタジオで練習してるんだって?」

社長ーっ!
ありがとう!!!

「ちょっと見てやってくれって言われたんだけど、俺も参加させてもらっていいかな」

もーっ、社長ーーっ!!
俺のやる気をユノ先輩で釣る気ですかーっ!
ナイスアイディア!!




そーゆうわけで、今、ユノ先輩と二人っきりで、スタジオにいるわけである。








ユノ先輩がまずしたのは、ダンスの模範演技映像を見ることだった。

真剣な瞳。
映像に合わせて微かに手足が動いている。
まさか、今、覚えているわけではないよな?

もはや聞き飽きるくらい聞いた曲が終わった。
ユノ先輩がこっちを向く。
無意識に緊張してしまう俺。

「やってみよっか」

何を?

「…ミンジュン?」

怪訝そうな顔。
しまった。心の中で呟いていてもユノ先輩には聞こえないんだった。
つまり俺は、まだ一言も言葉を発していないということになる。

慌てて口を開いた。

「す、すみません。あの、やるって、まさかダンスですか?」

声がうわずってしまう。
俺の極度の緊張具合を悟ったのか、ちょっと可笑しそうに笑った。
…可愛い。
って、いかんいかん。
緩みそうになる頬をダメだよとたしなめる。

「うん。俺が女性ダンサーの動きをやるから、ミンジュンはいつも通りに」

映像を一回見ただけで動きを全部頭に入れたというのだろうか。
半信半疑のまま、頷く。

それに、女性との絡みが多いダンスだ。
あれをユノ先輩とやるのだろうか。



俺の困惑と動揺をよそに、ユノ先輩のダンスレッスンは始まった。









     それからは、まるで夢と喪失の時間。


映像でしか見たことなかったユノ先輩のダンスは、鳥肌が立つほど美しかった。
男性的要素が感じられない、洗練された動き。
しかも模範映像を忠実に…いや、それ以上に再現している。
カリスマ。そう表現する以外に手段を持たなかった。

それに比べて、自分の未熟なこと…。
ユノ先輩に相手をしてもらうにはお粗末すぎた。
嫌と言うほど思い知らされる。

社長はの狙いはこれだったのだろう。


ビジュアルだけでなく、歌、そしてダンスにも自信を持っていた。
けれど、思い上がりだった。


恥ずかしくないパフォーマンスをしたい。


いつの間にか頭の中は空っぽで、本気で踊っていた。













「ありがとうございます」

音楽が止まってから、最初に口をついて出た言葉は感謝の気持ちだった。

「どういたしまして」

まるで俺の言葉を予想していたかのような返事。
しかも肩で息をしている俺に対して、息すら乱していないユノ先輩は、ニヤリと笑った。


 
その笑みを見た瞬間悟った。

     そうか、社長とグルだったのか。



俺にやる気を出させるために、このピュアハートを含め、いろいろ利用されたようだ…
まんまとノせられたことが可笑しくて、声を上げて笑ってしまった。


「うん、ごめんな?」


俺の心の中の呟きを読んでいるかのような肯定と謝罪の言葉。
しかも全然悪いと思っていないような声音と、笑顔で。


なるほど。
自分が他人に与える影響を理解した上で魅力を活用する。
それにより、相手がどう動くかも予測済み、ってやつか。

…いや、若干違うな。
それを自然とやってのけてしまうのが、ユノ先輩なのだろう。




情報に付け加えておく。

8.ユノ先輩はたまに読心術を駆使したブラック天使に変身する。体験済み。







その時携帯が鳴った。

「あ、チャンミンだ!」

変わるの早っ!
てか、着信音は特別設定なわけね。

ユノ先輩はブラック天使から普通の天使に戻っていた。


なるほど。
これも情報を修正しなくてはならない。


7.ユノ先輩はチャンミンさんを溺愛している。博愛主義対象外。体験済み。


つまり、俺の恋を成就させるには、チャンミンさんを超えなければならないということだ。
俄然やる気がわいてきた。


そこで、はた、と思う。
これも社長とユノ先輩の策略だろうか…

…いや、これはただの天然だろう。




なんだか力が抜けて、床に座り込む。
ユノ先輩が電話口を押さえて大丈夫かと問う。
急にへたり込んで驚かせてしまったのだろう。
大丈夫だと手を振り、天井を見上げて目を閉じた。



これからも俺は、ユノ先輩をネタに釣られ続けるのだろう。
そんな気がした。












「…ミンジュン!」

いつの間にか電話を終えたユノ先輩が俺を呼んでいた。

「聞いてなかったろ?」

……その通りです。
すみません。

「これからチャンミンが来るらしいから、それまで、やっとくか?」

願ってもない申し出だ。

「はい!お願いします!」

前のめりな体勢で頷く。
ユノ先輩はくりくりの黒目で俺をしばらく眺めたあと、吹き出した。
なぜ笑われるのかわからない。


「お前って、見た目カッコイイくせして……外見と中身、一致しないにもほどがあるだろ」


そこか。
ほんの数時間の付き合いだが、色々つつ抜けているようだ。恐るべし。

「それは褒められていると、思っておきます」

また、ユノ先輩が笑った。









続く


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ここだ。
2人のいるスタジオは。

重厚な扉。
中の様子はわからない。

ドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開く。
開けた瞬間、聞き覚えのある曲が耳に流れ込んできた。

電話の向こうで聞いた、あの曲だ。
スタジオの中に足を踏み入れる。




そこには、向かい合って胸の辺りで指と指を絡める二人がいた     










     【僕らの、/04-3. チャンミンside】











左右に分かれた二人は同じ動きで軽やかなステップを披露すると、彼がユノに手を伸ばす。
ユノが美しい仕草でその手を取り、引き寄せられるままにその腕の中へ。

彼はユノの耳元で囁くように歌いながら、後ろから抱き締める。
そして回された腕が、ユノの胸から腹部まで遠慮なく這い、さらに下に伸びる。

その前にユノが手を取った。

そして、その手を口元に運ぶと、甲に唇を押し当て    


そう、これは男女の絡みのシーン。
振付けだろう。
女性ダンサーの動きを徹底しているユノの完璧なダンスを見ればわかる。


けれど、ミンジュンの方は本当に演技なのだろうか。
彼の瞳からは、ユノに向けた恋慕だと勘違いしてしまうそうなほどの、とてつもない熱を感じた。
それがビジュアルと相まって、思わず唾を飲んでしまうような艶を放つ。




文句なく美しかった。




    ユノは、こんな彼を見て、何を思うのだろう。









「チャンミン! 早かったのな」

ユノの声で我に返る。
いつの間にか音楽は止まっていた。

首にかけたタオルで滴る汗をぬぐいながら、ユノがこちらに歩み寄る。
しかし、それより早く彼が駆け寄ってきた。


「ソロでデビュー予定のミンジュンです。よろしくお願いします」


90度に頭を下げる。
その背中を、追いついたユノがポンとたたいた。
顔を上げたミンジュンがユノを振り返る。
ユノはばっちりだというように、目を細めて優しく笑った。


よくある光景。
分け隔て無く皆に優しいユノ。面倒見も良い。
キラキラの笑顔を振りまくもんだから、周囲が自然と笑顔で溢れる。
憧れを抱かない後輩はいないだろう。



思考ははっきりしているのに、なんだか、現実ではないみたいだ。
何と表現したらいいかわかならいけど、リアルすぎる夢のような感覚。








「チャンミン?」


ユノが僕の名前を呼ぶ。

挨拶を返さない僕を不審に思ってのことだろう。
ユノを見た。


どうした?
瞳が、問いかける。




    そんなこと、僕にもわからない。




ユノから目を反らしてミンジュンに顔を向ける。
アイドルらしい完璧な笑顔を作れている自信はあった。

「東方神起のチャンミンです。こちらこそよろしくお願いします」

いつものように挨拶をする。
ミンジュンは一瞬息を飲んだようだったけれど、艶やかさを保った笑顔を、僕に返した。








しばらく目が合う。
しかし、どちらも反らさない。


そこに見え隠れするのは、



敵対心。
嫉妬心。
そして、独占欲。



僕がミンジュンから感じたように、彼も僕からそれらを感じたのだろう。


わずかながら、雰囲気に険が加わった。





僕は反射的にユノに腕を伸ばし、こちら側に引き寄せる。





    僕のもの。その隣を譲る気はない。





強く思った。








続く


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【七夕とお星さま】








「ただいま~」

返事はない。

「…ヒョン?」

やっぱり返事はない。


この図、このあいだもあった気がする…
けれど違うのは、玄関に靴があること。

僕はドアの鍵を閉めてから、靴を脱いでキレイに揃えた。
ついでにユノの靴も揃えておく。



リビングに続くドアを開けると、大きくカーテンが揺れていた。
そのカーテンの隙間から、チラチラと後ろ姿が見える。




   いた。




「ユノヒョン、帰りました」

声をかけると勢いよくユノが振り向いた。

「お~!チャンミナ~お帰り!」

と同時にユノはめいっぱい両手を広げる。
嬉々とした顔をして。




……いやいや、ヒョン。
その腕の中にぎゅっとおさまれと?

無理でしょ。




僕の冷めた目に気付いているはずだが、手はひっこめない。

1秒…2秒…3秒…………10秒……

やっぱりユノは、手を広げたままだった。
僕の表情に諦めを悟ったのか、勝ち誇ったように、ふふんと笑う。




はいはい、負けました。

僕はベランダに出て、ユノの懐におさまる。
まだ少し冷たい風にユノの体温が気持ちよかった。
でもって、ちょうど良い位置にあるから、ユノの肩に顎を乗せる。

男を抱きしめて何が楽しいんだか…
そう思うんだけれど、正直、嫌じゃない自分もいる。




そのとき、クスクス笑いが耳元で聞こえた。


…これ。
これが嫌なんだ。
ユノには僕の考えていることが手に取るようにわかるらしい。


「チャンミンてば、可…」
「黙ってください」


僕だってユノが言いそうなことくらいわかる。
だから早々に言葉をかぶせて全部は言わせない。

ユノが声を上げて笑った。
楽しそうだ。


「チャンミン、きょ…」
「知ってます。七夕です」


やっぱり、ユノは笑った。
正解だったみたいだ。


「…でも、曇ってるねぇ」


頷く。
空にはたった一個の星も見えない。
暗い暗い空と、寝静まった街が広がっているだけだった。


「思うんだけどさ、天上の二人は、下界の者共に見えないことこれ幸いと、イケな…」
「してません」


ピシャリと否定する。
…まったく、何を言い出すのかと呆れてしまう。
たまに歪んだ見方をするのだ。





そのとき、僕に回されていた腕に力が込められた。
同時に耳に触れるモノにも気付く。

これは…唇だ。


「ねぇ、チャンミン」


吐息がかかる。
くすぐったくて肩をすくめた。
 



「…僕らも、イケナイことする?」




ひどく甘い声。
じん、と響いてくる。

いつもの優しい声も好きだけど、色んなモノがダダ漏れている、こんな声も好きかもしれない。


「あれ、チャンミン。今度のは、わからなかった?」


また耳に吐息がかかる。

言葉をさえぎらなかった僕をからかうのがよほど楽しいのか、
声にいやに楽し気な響きが混じっていた。

ここで照れようものなら、さらにからかわれるのは目に見えている。
だから顔が見えないのをいいことに、声だけは強気に出る。



「…言わせてあげただけです」

「そうなんだ?」

「そうです」

「チャンミン、可…」

「それはもういいです」

「チャンミン、す…………」

「………」

「…遮らないの?」

「……言わせてあげようと思っただけです」

「ふぅん?」

「何ですか」

「べっつにぃ~」



ユノが笑った。

甘ったるい雰囲気から、いつもの僕らに戻っていた。



僕はチラリと腕時計に目を落とす。
明日も仕事だ。そろそろユノを寝かさなければならない。







「…ヒョン、そろそろ寝ないと」

「うん、そうだな。おやすみ、チャンミン」

ユノは僕に回していた腕を解いた。
しかし、本人に動く意思は見られない。


…だと思った。
僕はこっそり溜息をつく。


たぶん星が見たいのだ。
明日の天気予報は晴れだったから、待っていれば雲が途切れて星が見えるとでも期待しているのだろう。

別に七夕に星を見なくてもいいと思うんだけれど。
ユノには何か思うところがあるのかもしれない。


「仕方ないですね、まったく」


僕はユノから離れて、置きっぱなしにしていたカバンを取りにいく。

カバンを持って戻ると、ユノは最初と同じ、部屋に背を向けて空を眺めていた。

帰り際に買ってきたものを取りだす。

そしてまた、ベランダに出た。





「ヒョン」

声をかけるとユノが振り向いた。

「あれ、チャンミン?」

寝るんじゃなかったの?そういう顔をしているユノの前に、星型をしたプラスチックのステッカーを見せる。
ユノは僕の顔とステッカーを交互に見た。



「部屋に貼ってあげますから、今日はもう寝ましょう?」



くりくりの瞳が一瞬大きくなる。


おもむろに手が伸びてきた。
ユノは僕の手にある星をとって大切そうに両手で抱えると、しばらく見つめる。

それから、目を閉じると、そっとそれに口づけた。




まるで星に願いを吹き込んでいるかのようだった。









「…ありがと、チャンミン」


そう言ったユノが僕に向けたのは、笑いたいのか泣きたいのか、でも幸せそうな顔。

僕まで幸せな気分で満たされる。



だから、もっと笑ってほしくて、らしくないことをしてしまうときがある。






今度は、僕が両手をめいっぱい広げた。



















「…それ、光る?」
「もちろんです」




「天井にも貼ってくれる?」
「…もちろんです」




「チャンミンと一緒に寝る?」
「……もちろんです」




部屋のドアを閉めながら、天上の二人は、やっぱりイケないことをしているんじゃないか、なんて思ってしまった。



end..

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濃密だったスタジオの空気が少し薄くなった。

なんでだろうと目を動かすと、チャンミンさんがいた。
無意識のうちに、ダンスに力が入る。


    負けたくない、そう思っている自分がいるらしい。


おこがましいにもほどがあるけれど
こればかりはどうしようもできない。

だから、今の気持ちを全身で表現することに没頭した。










     【僕らの、/04-4. ミンジュンside】











ユノ先輩も気づいていたのだろう。
曲が終わると、余韻すら感じる間も惜しいといった様子で、チャンミンさんのほうに向かおうとする。

    正直、面白くない。

だから、自分が先に挨拶に赴く。



「ソロでデビュー予定のミンジュンです。よろしくお願いします」



ユノ先輩を真似て挨拶をする。
顔を上げると、チャンミンさんがじっとこちらを見ていた。


無表情。

この人も、あんまり感情が読めない。
というか表に出さないのだろう。

けれど、それが怖いというわけではない。
興味がありません、という感じだ。
でも、周りが無視できないほどの、圧倒的な存在感とオーラを纏っているから
こっちを見てほしい、この人の特別になってみたい、そんな願望がわきあがってくるのだろう。






そんなことを思っていたら、不意に、その顔が和らいだ。

「東方神起のチャンミンです。こちらこそよろしくお願いします」

頭を下げられると、やっぱり先輩だからだろうか。
戸惑う。
しかし、顔を上げたチャンミンさんを見て、息を飲んでしまった。



先ほどの無表情はなんだったのか……
油断させるにもほどがある!


一言でいえば王子様。
そうそう、女子の憧れ、白馬が似合う、アレだ。

俺より高いと思われる長身にくわえ、洋服の上からでも分かる、程よい筋肉質の体。
そしてユノ先輩に勝るとも劣らない、抜群のプロポーション。
笑顔と相まって、艶っぽさも感じてしまう。

さらさらの髪は艶やかで、やわらかそうだし。
普段ぱっちりしている大きな瞳が細められると、キラキラにデコレーションした背景が見えてしまう始末。
チラと白い歯を見せてはにかむ姿は、可愛い…いや、そんな言葉じゃチープすぎる。

とにかく、王子様という表現がぴったりだった。

このルックスであの激しいダンスと甘くて力強い歌を同時にこなすのだから、
後輩から憧れのアイドルに東方神起の名前が挙がるのは当然だろう。






この人が、ユノ先輩の隣に立つ人………納得せざるを得ない。



今の俺は張り合う舞台にも上れていない。

けれど      







闘争心が湧いてくる。
同じ男としても、負けたくない。

俺の考えはていることはチャンミンさんにも伝わってしまっただろう。

部屋の空気が一気に重くなる。

自分の気持ちを隠す気はないからいいんだけど。







宣戦布告。








おもむろにチャンミンさんの手がユノ先輩に伸びた。
自分の方に引き寄せる。



その行動はまるで、

『ユノ先輩は俺のもの』

そう宣言しているかのようだった。



久しぶりに、心の奥が悪い方向にざわめき立つ。











その時、場にふさわしいとは思えない、のんきな声が響いた。


「あーあ。チャンミン汗だくじゃん。走ってきたのか?」


俺の目も、チャンミンさんの目も、一斉にユノ先輩に流れる。
ユノ先輩は自分の首にかけていたタオルでチャンミンさんの汗をぬぐう。

「え! いや、そういうわけじゃないですけど…」


一瞬の、動揺。
チャンミンさんはちょっとバツの悪そうな顔をして、ユノ先輩からタオルを奪った。


いやいや、この反応、どう見ても爆走してきたでしょ!
心の中でつっこんでしまった。

ユノ先輩はちょっと嬉しそうだし。
しかも、絶対、チャンミンさんが走ってきた理由、分かってるし。



「ふぅん。で、何か用だったんじゃないの?」


チャンミンさんが黙る。
ユノ先輩はニコニコしながらその様子を見ていた。


ブラック天使、発動中。
間違いない。


しばしの沈黙の後、さっきより控えめな声が呟く。


「………迎えに来ただけです」


言わせた!!

普段なら絶対「別に用はないです」的なそっけないセリフを言っているはず!
俺への対抗意識とか、もろもろの感情によって出た、素直な言葉なのだろう。

って、俺!なに分析しちゃってるんだ…



「そっか。チャンミナ~、優しいじゃ~ん!」


嬉しいを全身で表現するように、ユノ先輩が抱きついた。
それを当り前のように受けるチャンミンさん。
さっきの険はどこへやら。

照れ笑いに似た、やっぱり王子様的笑みを浮かべるのであった。






二人のやり取りに、思わずため息が漏れてしまう。
目の前でこれ…凹むしかないだろう。
相思相愛を見せつけられているのだから。


そんな俺に気付いてか、ユノ先輩がチラっとこっちを見た。



……その笑顔はなんだ?
当て馬的役割をしてくれた俺にありがとう、ってところか。



まったく、ブラック天使め。



けれど、ユノ先輩があんな風に幸せそうに笑っているだけで、俺まで幸せな気持ちになるのはなぜだろう。
告白したわけじゃないけど、ある意味フラれている状況にも関わらず。

本当に不思議な人だ。


ユノ先輩の笑顔を引き出すのがチャンミンさんだけなのであれば、
それはそれでいいってことにするしかないだろう。


俺ってば、心が広すぎる。





けれど、宣戦布告は撤回しない。

いつもでユノ先輩の笑顔を守れるように、好きでいよう。







end..

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スタジオを出ると、オレンジ色の空が広がっていた。
僕らは並んで歩く。
ユノは鼻歌を歌っていた。ご機嫌だ。



僕はといえば、新しく芽生えた感情について、さっきから考えている。



       ユノが好き?



兄さんで。
メンバーで。
仲間で。
同性で。


…好きだなんて、ダメだろ?



だから僕は、否定した。









     【僕らの、/05-1.】










今、僕の視線の先では、風呂上がりのユノが、ソファーに寝転んでいる。
肩にバスタオルをかけただけの姿で。
しかも僕の下着をはいて。

本人はそのことに気付いていないようだ。


「ヒョン…」


とりあえず指摘しておこうと思ったら、気だるそうな声が返ってきた。


「ん~?」


帰り道までは元気だったのに。
どうしたのだろう。
僕は傍に寄り、ソファーの傍らに膝をついて顔を覗き込んだ。


しぱしぱと瞬きしながら僕を見上げるユノ。






そうか!
そうだった…

急に自分が腹立たしくなって唇を噛む。


「ごめんなさい、ヒョン…」


ここのところ、家へは寝るためだけに帰ってくるような毎日だったはずだ。
けれど後輩のダンスレッスンにまで付き合う始末。
楽にこなしているように見えていただろうが、頭にも体にも、相当負担がかかっていただろう。

久しぶりに空いた時間、突然疲労を感じるのが当然だ。


今もリーダーとして気を張る癖は抜けていない。
調子がどうであっても、いつでも最高を求める姿勢。
だからこそ、自分のことは後回しになってしまう。
でも、これがユノだから。治らないことは分かっている。


いつもなら、ユノが疲れていることくらいすぐにわかる。
気づいていれば、帰り道だって歩かずにタクシーを使ったはずだ。


僕の頭は新しく芽生えた感情に振り回されて、機能していなかったようだ。












そのとき、ぐしゃぐしゃと髪をかきまわされた。
いつの間にか床に目を落としていたことに気付く。

顔を上げるとユノが起き上がっていて、僕と目が合うとその手を止めた。


「なんでチャンミンが謝るの?」


ユノには、僕が何について謝ったのか分かっているのだろう。
そんな顔をしていた。

ぐちゃぐちゃに乱した髪の毛をいそいそと戻してから、ぽんぽんと撫でる。
そして、そのまま僕の頭を自分の胸に引き寄せた。





とくん、とくん。
ユノの鼓動はいつも通りだ。


対して僕はといえば…
どんどん早くなっていく。





僕の頭がぐるぐるしていたことは知っているのだろうか。




鼓動の音は無視して、ユノの胸を押し返す。

二人の間に空間を作った。






「大丈夫じゃないです。全然」

顔を上げると、ユノはちょっと困ったように首をかしげていた。

「心配かけている自覚があるなら、もっと分かりやすく疲れてください」

わざとらしく溜息をついて見せると、一瞬ユノの瞳が、何かを思いついたように光った。
悪い顔をしている。

「そうだな。じゃぁ、こんな感じでいーい?」

まずい。

「つーかーれー…」

なんとなく予想がつく。

「…たぁぁーっ!!」
「ヒョン!ちょっと、待っ…!」

直後、ソファーの上から僕の体にのっかるようにダイブしてきた。
受け止めようとしたが、当然、僕は急な重みに耐えられず、床に背中から崩れてしまう。

ゴツ。

したたかに後頭部をぶつけた。


「分かりやすかっただろ?」


ユノの楽しそうな声がする。
無意識のうちにぎゅっと目をつむっていたらしく、文句を言いながらゆっくり目を開ける。


「まったく、思いついたら即行動とか、迷惑です…から……」





目の前に、ユノの顔があった。





僕の上にまたがる格好で、顔の横に両手をついている。
いつの間にかバスタオルは床に落ちていて、隠すもののない体が僕の上にあった。

僕の手はユノの背中に回っている。
ユノの肌は、こんこんなにきめ細かくて、さわり心地が良かっただろうか…


欲求とは本当に恐ろしい。
動揺よりも先に、僕の中に生まれてきた。

触れたい、抱きしめたい、キスしたい。
そんな願望が急速に頭の中を侵食していく。


けれど、行動に移してしまったらどうなるのか    


また頭の中がぐるぐるしてきた。








「………なぁ、チャンミン。」

急に名前を呼ばれて、ビクッと肩が揺れる。
ユノの瞳に焦点が合った。

「…何、ですか……」

どこか不安そうで緊張した面持ちの僕が写っている。


ユノの右手が、視線を誘導するように唇へと移動した。
人差し指が、その形をなぞるように動く。
不覚にも、僕の目はその指を追ってしまった。


そして、唇が、形だけの言葉を、紡ぐ。








    お・れ・の・こ・と・が・す・き・?    








小さな衝撃だった。











続く




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ユノの問いかけがもたらした衝撃が小さかった理由は、すぐに分かった。
あまりにすんなりと、僕の心が認めてしまったから。





      ユノが好き。




けれど。
僕は……僕は、頷かなかった。

ゆっくり、首を左右にふった。










     【僕らの、/05-2.】









物音ひとつしない、静かな室内。
鼓動だけが響いているような感覚。


僕の答えにユノは、
残念そうな顔をするわけでもなく、
意外そうな顔をするわけでもなく、

変わらず、静かな笑みをたたてていた。


だから無性に不安になって、ユノを呼ぶ。




「………ヒョン…」




声は掠れていた。


僕の不安を感じたのか、ユノは少しだけ首を傾げて、ふんわりと笑った。
でも、次の瞬間、


ツン。


唇が、触れた。
それは、ほんの一瞬の出来事。

ユノは僕の顔をまじまじ見ると、笑いをこらえるようにはにかんだ。
よほど僕の顔が可笑しかったのだろう。


チロり。


唇を、舐められた。
金縛りにあったように動けない。

ユノはいつの間にか、知らない男の人のような顔をして、僕を見下ろしていた。
僕はどんな顔をしているのだろう。


しと。


唇が、長く重なった。
ユノはゆっくり瞼を閉じる。
同時に手が、僕の心臓の上に置かれた。

僕の気持ちが全部、暴かれてしまう…


漠然とした不安をよそに
ユノは、唇で、舌で、感触を楽しむように、啄む。

…はぁ、

何度も。
啄む。

…ん、…

何度も。

はぁ…。


ユノの息づかいが、あまりに煽情的で、
全身の血が沸騰しそうだった。




唇が、離れる。
ユノの瞼がゆっくり上がった。

そして心臓の上にあった手を離すと、
親指で唇をぬぐう。

濡れていた。


「……しちゃった」


現状に似つかわしくない、まるで悪戯が成功した子供のような無邪気さ。


僕の上から退くと、立ち上がってバスタオルを拾い、肩にかけた。
自室に戻ろうと僕に背を向けるが、思い出したように振り返る。


先ほどの笑みはない。
甘さもない。
何の表情も読み取れない。


「…チャンミンが正解だと思うよ。……俺のは不正解」


まるで謎かけのような台詞。
けれど、一気に体の熱が引いていくのがわかった。


ユノの視界から、僕が消える。


  バタン。


僕は、目を閉じることもせず、全部を見ていた。









再び訪れた静寂。
僕はゆっくり体を起こすと、思わず唇に触れる。

微かに手が、震えていた。

喜びじゃない。
感動でもない。
今、唇から僕の全身に広がってゆくのは、悲しみだ。


ユノが消えたドアに目を戻す。


“僕が正解”とは   ユノの問いに頷かなかったこと。
“ユノが不正解”とは   キスをしたこと。


僕のぐるぐるした頭の中も、気の迷いも、全部お見通しだったのだろう。
その上で、気持ちは行動に出すなとクギを刺したのだ。

あのキスは、僕への『戒め』。
きっと、それだけの理由でしかない。

分かっている。
僕らが守るべきものの、重さを。
ユノも僕と同じで、それと気持ちとを天秤にかけた。
その答えなのだ。


僕らには、求めてはいけないものがある。
此処にいるかぎり、手に入らないものもある。






視界がぼやける。

だから僕は、慌てて上を向いた。





ユノとの初めてのキスは、甘くて切なかった。







end..




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肩がぶつかりそうな距離にいるだけで、そわそわしたり。

可愛い姿を見せられると、頬が緩んでしまったり。

笑いかけられただけで、どうしようもなく心をくすぐられたり。

不意に目が合うと、思わず反らしてしまったり。

所構わず、思い出し笑いとかしてみたり。



ユノへの気持ちは封印しよう。
このあいだ、そう決めたのに。

意思の力ではどうにもできないことがあると知った。




…僕の行動は、ぜんぶ“不正解”だ。











     【僕らの、/06-1.】











「チャンミナ~」


人込みをかき分けてこっちにやってくる奴がいる。
キュヒョンだ。

「持ってきてやったよ。飲むだろ?」

両手に持っていたワイングラスの左側を僕に差し出して、ニヤリと笑った。
なみなみ注がれているところを見ると、僕を付き合わせる気満々といった感じだ。

相変わらずで、笑ってしまった。
今、僕らは事務所の忘年会というやつに参加している。


「ほどほどにしとけよ」

グラスは受け取る。
けれど面倒を見るのは面倒くさいので、一応注意をしておく。

「大丈夫。俺、底なしだから」

キュヒョンは自慢げに胸を張った。

酒に付き合うのもいいかもしれない。
頭を悩ませることを忘れてしまえる。






じつはあの日から、ユノとまともに会話をしていない。


      ユノが僕に求めているのは、東方神起としてのチャンミン。


ユノの事が好きな僕じゃない。
わかっている。
そんなこと。

僕のやるべき事は、今までのように接すること。
わかっている。
でもできない。

肩を寄せて、体に触れて、笑い合って。

成すべきことと、知ってしまった感情に弄ばれている今、
そんな行為は、暴れ出す気持ちを鎖もつけず野放しにするようなものだ。



もう…僕に出来るのは避けることだけだった。



当然ユノはこの状況を察していただろう。
心配そうな瞳がよく僕を追いかけていたから。

けれど。

自分の気持ちにも、ユノの気持ちにも、どれもこれもにフタをして
気付かないふりをし続けている。







「あっち。」

ぷに。

僕の頬に人差し指が突き刺さっていた。
キュヒョンの指だ。

「お前…何してんだ」
「ん?何って親切だけど」

返す言葉もなくて、黙ってしまう。
そんな反応に満足したのか、キュヒョンはグラスを傾けて美味しそうにワインを味わう。
ペロッと唇を舐めると、さらに、ぐいぐい指を押してくる。

こいつも思考を読むことに長けているんだった。
ユノのことを考えていたことがバレたのだろう。
なぜ僕の周りは超能力者みたいな奴が多いんだか。

頬に刺さった指を払い退ける。
わかっている。ユノが向こうにいることくらい。
いくら距離を置こうとしてみても、全身の意識はユノに向いてしまうのだから。


動かない僕の様子を探るように見ていたが、肩をすくめると
キュヒョンはユノの方を向いた。

「あ、ミンジュンだ」
「えっ!?」

反射的に振り向く。

ユノは後輩に囲まれているけれど…
…しかしその中に黒髪の長身はいない。


………騙された。


今キュヒョンがどんな顔をしているかなんて、想像するまでもない。
僕が思い通りの反応をしたもんだから、満面の笑みを浮かべているはずだ。
非難がましい視線を向けると、慌てて真顔をとりつくろう。

「見間違いだった」

肩をすくめてさらりと言い放つ。

「このやろ…」

まったく、苦笑するしかない。
軽く蹴ってやると、ごめんごめんと笑いながら、こぼれそうになったグラスを立て直した。


きっとミンジュン絡みでユノと何かあったのかと聞かれるだろう。
けれど、かくかくしかじかで…なんて言えるはずもない。
苦しい言い訳だが、ケンカしている、これが無難だろう。


けれど、そんな言い訳の必要はなかった。

「…まぁ、飲もうぜ!」

キュヒョンは僕のグラスにカチンとぶつけると、ユノのいない方向に歩いてゆく。


聞いても本当のことは答えないと思ったのだろうか。
言いずらい僕の心境を気遣ってくれたのだろうか。
それとも短い時間の中で大体の事情がわかってしまったのか。

きっと全部だ。
この明るさと、気遣いが、キュヒョンのいいところだ。

そのうち、ちゃんと話そう。


僕は、キュヒョンの後を追って、さらにユノから離れた。







「そういえば、大丈夫だった?」

人込みをかわしながら壁際に抜けると、キュヒョンが思い出したように尋ねる。

何が言いたいかは、すぐにわかった。

公式にカムバックを発表してから数日、多くの反応があったらしい。
歓迎する声。
戸惑う声。
心配する声。

その中でも…同じ業界にいるのだから仕方ないことだけれど、耳にしたくない話も入ってきていた。

「もう、過去のことだし。そっちは気にしてない」

そう。
今では関係ない。
僕らは僕らだ。


「いやいや、お前は大丈夫だって分かってるし。ユノ先輩のこと」

ユノのこと?
キュヒョンは僕の顔を見て、驚いたように声を上げた。

「まさか、ユノ先輩も大丈夫だとか、思い込んでたりしないよな?」


ドキリとした。


…キュヒョンの言うとおりだ。
心のどこかで、僕は“ユノなら大丈夫だ”と思い込んでいた。
いや、正しくは、顔を突き合わせて話すのは気まずいから、大丈夫だと思おうとしていたのかもしれない。

「俺らが大丈夫ですかなんて聞いたって、笑って大丈夫って言うに決まってるし」

そうだ。大丈夫じゃなさそうなそぶりなんて、あのユノが見せるわけない。
本心はどうであれ、絶対爽やかに言い切る。

「ユノ先輩が寄っかかれるのは、お前しかいないだろ」

説教モードに入ろうとしていたキュヒョンだが
顔色を無くしている僕を見てか、呆れたようにため息をついた。

「…あー、もういいや。行ってこいって」

僕を追い払うように手を振った。









そのとき、目の端に部屋を出ていくユノの姿。
そのあとを足早に追う、マネージャー。


何かあった?


キュヒョンも気付いたらしく、僕らは顔を見合わせた。
すかさず僕からグラスを取り上げる。

「急げよ」

その言葉に頷く。



ありがとう、キュヒョン。
僕は二人を追いかけた。






続く



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ひとりじゃない。
僕がいる。


届くだろうか。
伝わるだろうか。




全身全霊を傾けた僕の時間が、今始まる。










     【僕らの、/06-2.】










僕が会場を出た時、ユノを隣に乗せた車が目の前を通り過ぎていった。
慌ててタクシーを拾う。

運転手さんを急かしてバンを追ってもらうけど、
追跡なんて、映画ほど上手くいくわけもなく
すぐに見えなくなってしまった。

けれど、窓から見えるのは見慣れた風景。
このあたりでユノが行きそうな場所といえば、一つしかない。

僕はそこへ向かった。









練習スタジオのあるビル。
エントランスをくぐると、ため息をつくマネージャーを見つけた。
やっぱりここだった。
しかしユノの姿はない。

マネージャーは僕に気付くと、どことなく気まずそうな顔をした。

「ユノヒョンは?」
「…練習中です」

ユノの予定は、僕も把握している。

「今日、入ってないでしょう?」
「まぁそうなんですけど…」

歯切れが悪い。

練習に来ること自体はよくあることだ。
けれど、明らかにマネージャーの態度がおかしい。

何か隠している。
もしかして、キュヒョンが心配していた事が、当たっているのだろうか。



もう何度目だ…
…自分に腹を立てるのは。
本当に、本当に、ユノを遠ざけていた自分に腹が立って仕方がなかった。



マネージャーが数歩あとずさる。
よほど僕は怖い顔をしていたのだろう。

「…とりあえず、なんでここにいるのか話してもらえますか」

笑顔を取り繕うつもりはない。
事実だけを話すように促す。

マネージャーは壁際にあるベンチにそっと腰を下ろすと
私にもよくわからないのですが、…そう前置きをして口を開いた。










ここだ。ユノのいるスタジオは。

今日ばかりは、誰もいない。
シンと静まりかえった廊下。
ドアを押し開くと、廊下にも音が響き渡った。

もう何度聞いたか分からない。
もう何度歌ったか分からない。
もう何度踊ったか分からない。

もうここで、何度見たか分からない、ユノがいた。


キレイに伸びた手足がピタリと止まる。
鏡越しに僕と目が合ったからだ。
ゆっくりと自然体に戻ると、こちらを向いた。

まっすぐ顔を見るのは、とても久し振りな気がする。

僕が来ることを予想していなかったのか、ちょっと驚いた顔をしていたけど
すぐにいつもの笑みに変わった。
 

この下に、いくつの顔を隠しているんだろう。


“チャンミン”
音楽のせいで声は聞こえなかったけど、僕の名前を呟いたのがわかった。

僕は音楽を止めた。

シンとした空間に戻る。
ユノの苦し気な息づかいだけになった。



…しばらくの沈黙。
こんな雰囲気はしばらくぶりだ。
ユノの笑顔は優しいのに、纏う空気は正反対。



「ちょっと…いいですか?」

そう沈黙を破ると、ユノは微妙そうな顔をした。
何の話をしようとしているのか分かっているみたいだ。
でも、頷くと床にペタリと腰を下ろしてくれる。
そして、自分の前のスペースをぽんぽんとたたいた。

「座れば?」

ドアを締めて、促されるまま歩み寄る。
ユノの瞳はずっと僕を追っていたが、見上げる位置で止まった。

そして、目の前に立ったまま座ろうとしない僕に、
困惑したような表情を浮かべた。







    なぜ、毎日毎日、動けなくなるまでスタジオにこもっていたのか。

その理由を直接ユノから聞こうと思っていた。
そして、また一人で勝手にぐるぐるして避けていたことを謝ろうと思っていた。


けれど、今、ユノに向き合ってみて気が付いた。


いつもの余裕しゃくしゃくで、たまにむかつくユノじゃない。
いつもの踊ることを、歌うことを楽しんでいるユノじゃない。

此処にいるのは、必死に自分を救おうとしている、ユノだ。


だから、
聞くべきではないと思った。
言うべきではないと感じた。


今ここで、僕がすべきは、ユノのためにできること。

問うことではない。
伝えることだ。

だから、



 「見ていてください」




きびすを返して、音楽をかけにいく。
再び部屋を満たす音。

ここは舞台。
観客は、ユノ。
隣でパフォーマンスをしていても、こうして見るのは初めてだろう。





    “二人だけで東方神起? 何ができるというんだ”

    耳をふさいでしまいたい声であったに違いない。
    けれどユノは受け止めた。

    そしてスタジオにこもるようになったのは、信じているからだ。
    
    踊ることで超えられる。
    歌うことで払拭する。
    練習だけが、言葉に打ち勝つ方法であると。
    自信につながる最善なのだと。





間違ってはいない。

でも、それだけじゃない。
ユノには僕がいる。

この気持ちを、ポケットから取り出すより簡単に
渡すことができればよかったのに。



ユノの踊るイントロが終わった。
僕の目に見えているのは、瞼に焼き付いて離れない、
息ができない程に魅入ってしまう、強烈で完璧なダンス。

次は僕の番だ。
指先に至るまで、僕のイメージ通りに動いてくれる。
そんな確信めいた感覚が、全身に行き渡る。


ユノだけじゃない。
これからの東方神起のために
これ以上ない、精一杯を詰め込んできたのは。




      僕は、東方神起のチェガン・チャンミン。




届くだろうか。
伝わるだろうか。


ユノの隣に立つと決めた、
ユノとふたりで守ると決めた、

僕の覚悟が。








続く



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音楽が体中に響いてきて、僕の中で溶けていく。
それが声と混じり合い、全身から放たれる感覚。

目線の先にある指先。
右手、左足、背中、右肩、つま先まで、
一寸の乱れもなく、想いのままに動く。
狂いなくリズムとぴったり重なった。

さらに全身の感覚が研ぎ澄まされてゆき、
周りがちゃんと見えてくる。

ユノは、いつもの見守るような優しい表情はしていなかった。
思い詰めたような顔をして、じっと僕見つめている。

けれど、不安はない。
それだけのことをしてきた。


だから僕は、全身で訴えかける。





届いていますか? 
伝わっていますか?


これが、僕のすべてです。










     【僕らの、/06-3.】










…いつの間にか音楽が止んでいた。

そこではじめて、曲が終わったことに気付く。
さっきまでと同じ、シンとした空間に戻っていた。
ただ、違っているのは、今度は僕の荒い息づかいだけが響いていることだ。

ユノは先ほどと同じ。
思い詰めたような顔をしてる。

それが何を意味しているのかわからない。
けれど何でもよかった。


ユノの方へ一歩踏み出す。
足が重い。
さっきまでは、重力すら感じなかったというのに。
それでも何でもないふりをして、側に寄る。

ユノの瞳に僕が映っていることが確認できる距離まで来ると、
膝をついて、目線の高さを合わせた。


「ヒョン……」


目の前に僕がいるのに、呼ばれて初めてそのことに気付いたように
ビクっと肩が揺れた。

ゆっくりと僕の顔に焦点が合う。
ユノの瞳に映っているのも、頭の中にいるのも、今は僕だけだ。


まだ整わない呼吸を無理やり押さえつけて、
今度は言葉で訴えかける。





「…僕の存在は、自信になりませんか?」





ユノは、ここで初めて僕の行動と言葉を正確に受け取ってくれたのだろう。
大きく目を見開いた。








5人での活動が停止してから、何もできなかった。
何をしていいのかすらわからなかった。
歯止めの利かないバッシングのなか、居場所が奪われていく。

僕はユノとふたりっきりになってしまった。
そして、僕らはただの練習生になった。
東方神起には、誰もいなくなった。


あの頃の辛さは…誰にも…ユノですら分かってはもらえない、そう思っていた。
でもそんな僕にユノは、

ベッドから起き上がりたくないときも、
ご飯を食べたくないときも、
雨を音を一日中聞くだけだった日も、

ただただずっと、心に寄り添っていてくれた。

僕が僕に戻れたのは、他でもない、そんなユノがいたから。

厳しい人、
慕った。

強い人、
憧れた。

努力の人、
尊敬した。

輝く人、
眩しかった。

この人がいれば、大丈夫だと思えた。
ユノが、僕の自信になった。



東方神起を守ると決めた時だって、そう。

リードボーカルが抜けて、一番上と下だけ。
あの、完成されたハーモニーを再現できるわけない。
5人こそが東方神起。
世間の目を覆すことができるわけない。

できないことだらけ。

けれど、僕らならできないことなんかない。
世界に証明してみせる。


そう思えたのも、ユノがいるから。
いつでも僕の自信を支えてくれたのは、ユノだった。



だから僕も、ユノの自信を支えられる存在でありたい。








「…………なった……」

潤んだ声がした。
いつの間にか、ユノの瞳にはあふれそうな雫が溜まっている。

「……自信になったよ、チャンミン…」

瞬きをした瞳から、雫がこぼれ落ちるより先に
僕はユノを抱きしめた。









再び訪れた静かな空間。

ただ違っているのは、僕の気持ちの在り方。
“正解”と“不正解”をはき違えていた。


僕にとっての“不正解”とは、
ユノに僕が必要なとき、何もできないこと。

僕にとっての“正解”とは
ユノのためにできる、最善を尽くすこと。


そのためにもユノへの気持ちは、
このまま心の中心に、在ればいいと思うんだ。








end..


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プロフィール

YUKA

Author:YUKA
ある日突然、ユノに恋をしました。
気付けば、チャンミンに構って欲しいユノと、ユノの側にいてくれるチャンミンの図に、萌えまくっていました。腐り具合は、きっとこれから進行してゆくのでしょう。

東方神起ありがとう!

「東方神起 RISE AS GOD」
「東方神起 LIVE TOUR 2015 WITH」




素敵な画像をお借りしました。
ありがとうございます。